2016/10/14発行 ジャピオン886号掲載記事

この街に住みたい

セントラルパーク銀輪散策⑥

 自転車専用道路「イーストドライブ」は70ストリート辺りで下り坂になり、右手に小さな池が現れる。「コンサバトリーウオーター(温室池)」だ。オルムステッドとヴォーによる当初の設計ではここに大温室植物園が建つはずだった。ところが資金が尽き、計画は挫折。温室のベースとなる「池」と名称だけが残った。

 池の北には「不思議の国のアリス」の大きな像が立つ。スペイン出身の彫刻家ホセ・デ・クリーフトによる作品で1959年除幕。子供たちがフリー(自由)に登れるので、像の表面が磨かれて金色に光っている。

 彫刻の委託主は、出版王ジョージ・デラコルテ(1893〜1991)。漫画から高尚な文学作品まで幅広く出版し、巨万の富を築いた。篤志家でもありパーク内に多くの寄贈品がある。先週紹介した動物園のカリオン時計もその一つ。アリス像は、同著を愛した亡き妻とニューヨークの子供たちに捧げたもので、アリスは彫刻家の娘ドンナ、傍のマッドハッターはデラコルタ自身がモデルだ。

 さらに北上したら80ストリート辺りで西へ折れ、一般道をチャリを押しながら行くと今度はデラコルテ劇場が現れる。1962年に同氏の寄付金で建てられた野外劇場で、創立以来、毎年夏にシェイクスピア劇をフリー(無料)で鑑賞できる。舞台に立ったスターはアル・パチーノ、クリストファー・ウォーケンからアン・ハサウェイまで枚挙にいとまがない。

 デラコルテ劇場を見下ろす岩山にそびえるのがベルベデーレ城。建設は開園から7年後の1865年。建材には園内の硬い岩と御影石を使いゴシックとロマネスクの融合様式で設計されたこの城は、「ハムレット」のクロンボー城を思わせる幻想的な佇まいだが、全くの装飾用城郭で、居住機能はない。だが、3階建ての屋上からの眺望は、園内一の標高だけに、息を飲むほど。デンマークの王子ならずともつぶやきたくなる。「生きるべきか?死すべきか?それが問題だ!」と。

 その後は城の南に広がる遊歩道「ザ・ランブル」に自転車ごと駆け込んでみよう。「お気に召すまま」の舞台さながらにうっそうと茂る森の中を縦横無尽に小道が交錯する。パークの心臓部。都会の騒がしさから完全に隔離され、方角すらも分からない。適度な起伏もあるのでカップルにはうってつけ。迷えば迷うほど二人の時間が濃密になる。チャリを押し歩きながら心をフリー(解放)にして愛を、人生を語り合って程よく疲れたら「ちょっと休んでいこう?」と自然に声を掛けられるようベンチが都合よくあちこちに配置されている。

 最高にロマンチックなデートの森だが、実は全てオルムステッドとヴォーが計画した人工の景観。べルべデーレ城もそうだが、この「見た目そっくり」演出には、素直にだまされた方が幸せだ。(中村英雄)

ベルベデーレ城の小塔は公園内でも一番標高が高いため気象観測装置が設置されている
同城3階屋上から北を臨む。デラコルテ、グレート・ローンも当初、貯水池だった
人工の森「ザ・ランブル」の遊歩道ではチャリは押す。恋人たちは少しぐらい迷った方がいい

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