2016/08/19発行 ジャピオン878号掲載記事

この街に住みたい

キューガーデンズ❺

 ハリウッドスターから音楽家まで、この街ゆかりの著名人は少なくない。

D・トランプの卒業校

 まずはあのドナルド・トランプ。数々の暴言を吐きながらも、とうとう今年の大統領選挙の共和党候補となったこの人物が卒業したのが、キュー・フォレスト・スクールだ。幼稚園から高校までの一貫教育の私立学校。クイーンズブルバードとユニオンターンパイクの北西角に位置し、現在の区画だとぎりぎりフォレストヒルズに入るが、学校が建築された1918年当時は、まだキューガーデンズ区画内にあった。

 建設当初は周辺在住の生徒を対象にしたものだったが、今ではマンハッタンからも生徒が通う。ちなみに、トランプの生家は隣町のジャマイカにある。

チャプリンは住んだのか?

 そして、キューガーデンズに「住んでいた」「いや住んでいなかった」と、さまざまな憶測が語られるのが、サイレント映画のスター、チャーリー・チャプリン(1889〜1977年)だ。イギリス生まれのイギリス人だが、若くして映画界入りし、早くからアメリカに活動の拠点を移していた。

 一説には、「105 Mowbray Drive」に1919年から3年間住んだといわれる。キューガーデンズロードから、モーブレードライブを入った所にある一戸建てだ。しかし、キューガーデンズ市民協会(Kew Gardens Civic Asso.)によると、実はここに住んでいたのはチャプリンのマネジャー夫妻だったというのだ。当時市内の地元紙も、チャプリンがいる、いないと、あれこれ詮索したといわれる。

 このころチャプリンは30〜33歳。最初の妻との間にできた初めての子供が生後3日で死亡、その妻とも離婚騒ぎを起こしていた。作品で言えば「サニーサイド」製作の最中。今なお「チャプリン在住説」が語られるくらいだから、ハリウッドから姿をくらますための隠れ家だった可能性もある。

 気を取り直して、次の著名人を探してみた。ジョゼフ&ロジーナ・レヴィーン夫妻はどうだろう。二人ともクラシックファンなら知らない人はないウクライナ出身のピアニスト。モスクワ在住時代、反ユダヤ主義の風潮やロシア革命の徴候から、1907年ベルリンに移ったが、第一次世界大戦が勃発すると敵性外国人としてベルリンで幽閉される。やっと解放された二人が移住したのがキューガーデンズだった。アメリカでの二人は演奏家であると同時に、ジュリアード音楽院の前身であるインスティチュート・オブ・ミュージカルアートのピアノ教授だった。

 1919年、レファーツブルバードから83アベニューを西に少し入った所に一軒家を建て暮らしていた。家の前の石碑には、夫妻の家だったことが銅板に刻まれている。(佐々木香奈)

A:チャップリン宅(?)B:レヴィーン宅、①メープルグローブ墓地②クイーンズブルバード③キューガーデンズロード④レファーツブルバード
チャプリンが住んだ、いや住まなかったと今でも語り継がれるところの一軒家「105 Mowbray Drive」
レヴィーン夫妻が建てて、住んだ家。庭先には石碑が置かれ、銅板に夫妻の歴史が刻まれている

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