2016/08/05発行 ジャピオン876号掲載記事

この街に住みたい

キューガーデンズ❸

 キューガーデンズという街の歴史元年は1868年。アルボン・プラット・マン弁護士が土地開発に興味を持ち、一帯のエリアを購入した年だ。実際に街が構築されるまでの前段階として、この地にはまず墓地とゴルフ場が作られた。

 キューガーデンズ市民協会(KewGardensCivic Asso.)の記録によると、この地に最初に作られたのはメープル・グローブ墓地だ。1875年のこと。

メープル・グローブ墓地

 もともとは隣町ジャマイカのプロスペクト墓地が手狭になったため作られたものだ。当時は周辺に何もなく、高台に位置する墓地からは、遠くロングアイランド海峡と大西洋が見渡せたといわれる。

 そして同じ年、ここを訪れる遺族のためにロングアイランド鉄道(LIRR)が開通。「ホープデール」と命名された駅が、墓地の入り口近くに建設された。現在のLIRRキューガーデンズ駅がある場所より、約180メートル北だ。駅名は、今のクイーンズブルバードとユニオンターンパイクの角にあったホテル「ホープデールホール」にちなんだもの。

 地下鉄も、イーストリバーのトンネルもなかった頃だ。LIRRの誘致は、遺族のためもあったが、住民の足を確保するためにも必要不可欠だった。そのため、隣町のホワイトポット(今のフォレストヒルズ)とリッチモンドヒル住民が寄付を募り、この駅の建築費用を賄ったと伝えられる。

ゴルフ場とLIRR新駅

 1890年代に入ると、マンは墓地の南部一帯を「クイーンズ・ブリッジ・ゴルフコース」として開発。キューガーデンズを歩くと分かるが、かなり起伏が激しく、かつてはゴルフ場だったと思うと、納得がいく。

 1908年にはLIRR本線が新たに敷かれ、翌年には墓地にあった駅が、現在の場所(オースティン・ストリートとレファーツ・ブルバード)に移動された。それに伴いゴルフ場は閉鎖され、マンの二人の息子が、いよいよキューガーデンズという街づくりに着手したのが1910年だ。

 著書「イメージズ・オブ・アメリカ~キューガーデンズ」(アーケーディア出版)によると、当初マン兄弟はこの街を唐突に「キュー(KEW)」と呼んだ。LIRR新駅も「キュー駅」と改名され、看板が掲げられた。ところが、利用客らが「キューって何だ?」と困惑してしまった。

 イギリスはロンドン郊外にある有名な植物園「ロイヤル・ボタニックガーデン・キュー」の「キュー」なわけだが、どうもウケが悪かった。この植物園「キューガーデンズ」とも呼ばれるため、そっちに改名したところ住民に納得してもらえたという経緯がある。 (佐々木香奈)

広大なメープル・グローブ墓地。地図に向かって右側に沿って走るのがクイーンズブルーバード
キューガーデンズ・ロード沿いのメープル・グローブ墓地入口の事務所。墓地内は公園のようで、散歩にも最適
オースティン・ストリートとレファーツ・ブルバードにあるLIRRキューガーデンズ駅。1909年オープン

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