2016/07/22発行 ジャピオン874号掲載記事

この街に住みたい

キューガーデンズ❷

 南隣をリッチモンドヒル、西隣をフォレストヒルズ、東隣をジャマイカに囲まれた、変形三角形の形をしたエリアがクイーンズ区キューガーデンズだ。北にフラッシングメドウズ・コロナパークがある。

 名前の由来は言うまでもなく、イギリスはロンドン・リッチモンド区にある同名の植物園(1840年創設)だ。世界最大の植物コレクションで知られる。ニューヨークのクイーンズ区で、今のキューガーデンズという街が形成され始めたのは、19世紀終わりから20世紀初頭にかけて。

七つの計画都市の一つ

 そもそもクイーンズとブルックリンは、イギリスとの縁が深いことを改めて指摘しておきたい。ブルックリンは行政区画で「キングス郡」。17世紀のイギリス王チャールズ2世にちなんだもので、対をなすクイーンズ区(クイーンズ郡)は、そのチャールズ2世の后(きさき)・キャサリン王女にちなんでの命名だ。

 19世紀後半、ご本家イギリスでは、ロンドン周辺の個性的なベッドタウン建設が盛んになり、著名な建築家らが「ガーデン・サバーブ(緑豊かな郊外都市計画)」というコンセプトを提案していた。

 このコンセプトはすぐにイギリスからアメリカに輸入され、その流れでニューヨーク市クイーンズ区内7カ所に計画都市が作られた。1870年代から1900年代初頭にかけてだ。以前このコラムで、フォレストヒルズ・ガーデンズを「全米最古の計画都市」としてその歴史をつづったが、キューガーデンズはそれとほぼ同時期に建設されている。リッチモンドヒル、ジャクソンハイツ、ダグラストン、サニーサイド、フレッシュメドウズと合わせて7カ所だ。

 フォレストヒルズ・ガーデンズと隣接するキューガーデンズは、都市デザインを手掛けた建築家の意向で、チューダー建築が全面的に取り入れられた。リッチモンドヒルはビクトリア王朝風。そのため、他の4都市に比べてこの一帯にはイギリス色が濃く残っている。

街の生みの親・マン一家

 今のキューガーデンズの土台を作ったのは、アルボン・プラット・マンという弁護士だ。1868年このエリア一帯の土地を購入すると、友人の景観建築家ウィリアム・リッチモンドと共同で、まずはリッチモンドヒルという町を建設した。

 その北に隣接するキューガーデンズを作ったのは、アルボンの息子アルリック・ハブル・マン。著書「イメージ・オブ・アメリカ」シリーズの「キューガーデンズ」(アーケーディア出版)によると、1896年、父アルボンがまず一帯にゴルフ場を建設し、のちにそれを街に作り変えたのが、息子アルリックだ。1910年からこの街の近代史が始まる。(佐々木香奈)

フォレストヒルズに隣接する変形三角形のエリアがキューガーデンズ
キューガーデンズでも、「ハート・オブ・キューガーデンズ」と言われるエリア。その目抜き通り、レファーツブルバード
クイーンズブルバード沿いにあるクイーンズ・ボロ・ホール(区役所)。区長のオフィスがここにある

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