2016/07/15発行 ジャピオン873号掲載記事

この街に住みたい

キューガーデンズ❶

 ニューヨーク市内でありながら、緑豊かな郊外を思わせるクイーンズ区キューガーデンズ。本来なら、この町の位置関係や名前の由来から始めるのがこの連載の王道だが、今回は例外的に、52年前ここで起こった、あるレイプ殺人事件の話をもってプロローグとしたい。

緊急電話911の発端

 そもそも「かの有名な」事件というべきか。その社会的インパクトから、米国の近代史上最も有名な犯罪と言っても過言ではない。なにしろこれこそが、緊急電話番号「911」創設のきっかけになった事件なのだ。その「事件」は、1964年3月13日午前3時、ロングアイランド鉄道キューガーデンズ駅近くのオースティンストリート上で起こった。

 被害者の名前は、キティ・ジェノビース(当時28歳)。付近のジャマイカアベニューのバーで働いての帰宅途中に襲われた。容疑者ウィンストン・モーズリーは間もなく逮捕され無期懲役となり、今年ニューヨーク州刑務所内で死亡している。この年、市内で636件の殺人事件があった中、なぜこの事件だけがその後50年以上も語り継がれ、社会行動学や心理学の研究題材にまでなってきたのか。

 その理由は、当時のニューヨークタイムズ紙の報道にあった。事件から2週間後の3月27日付同紙フロントページの見出しは、「37 Who Saw Murder Didn’t Call the Police(警察に通報しなかった37人の目撃者)」。その後38人に訂正され、「殺人を目撃しながら隣人を見殺しにした都会人」として、この〝38人〟の犯罪責任を問う世論にまで発展した。のちに同紙は、この報道の事実湾曲を認めており、今では事件当夜、何人かが警察に通報し、助けに走った隣人がいたことも分かっている。緊急電話番号「911」が創設されたのは、4年後の68年2月だ。

映画「ザ・ウィットネス」

 この事件がアメリカ社会に与えたインパクトは絶大だった。テレビ番組「ロー&オーダー」などで数々のエピソードが作られ、いくつもの著書が出版された。その最新版として、現在地元キューガーデンズ・シネマほか市内限定映画館で、この事件のドキュメンタリー映画「ザ・ウィットネス」が上映されている。

 事件当時17歳だった被害者の弟が、姉の死の事実に近づこうと、証言を求めて50年前の「38人の目撃者」を探し歩く。

 1964年といえば、第二次世界大戦終結から約20年。この映画の中で、キューガーデンズ在住の男性が、「あのころは、ナチスのユダヤ人強制収容所から生き延びた人々が多く住んでいた。仮に(キティの)叫び声を聞いても、恐怖から隠れるという彼らの本能が働いたとしても誰も責められない」とコメントしている。(佐々木香奈)

「TheWitness」を上映中のキューガーデンズ・シネマ(レファーツブルバード沿い、オースティンストリートの角)
上映映画館からレファーツブルバードを横切った、オースティンストリート沿いの事件現場

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