2016/07/01発行 ジャピオン871号掲載記事

この街に住みたい

インウッド散策❼

 前回は、インウッドから切断されたマーブルヒルの成り立ちについて語るうちに紙幅が尽きてしまった。今回は、連載を延長して、その切断部分を歩いてみる。

 地下鉄1ラインの215ストリートで降りてブロードウェーを北進、不遇の飛び地、マーブルヒルに向かう。キングスブリッジを渡る途中、ハーレム川越しにマーブルヒルの全景が臨める。川はどう見ても自然の造形だ。イタリア移民作業員が血と汗を流して掘った人工河川とは思えない。

 橋を渡ったら228ストリートで左折してみよう。道路は大きく弧を描く。かつては馬てい形に蛇行していた旧河川の残影だろうか。埋め立ての形跡、すなわち米大陸本土(またの名をブロンクス)とのつなぎ目は、腕のいい美容整形外科医による手術痕のごとく、まったく目立たない。

飛び地ゆえの異形

 228ストリートからテラスビュー・アベニュー、225ストリート、マーブルヒル・アベニューと回る。この「外環状道路」に囲まれて住宅地が小高い丘の上に造成されている。地図や航空写真で俯瞰(ふかん)すると、マンハッタンの他のどこにもない二重円の土地構成だ。ユニークな街並みに呼応するかのように、家々にも特徴がある。まず、道の湾曲に合わせた曲面ファサードを持った集合住宅が多い。丘の上の丸い壁の部屋からの眺めはさぞかし良いことだろう。

 「丸ビル」の脇道を一歩奥に入る。アルジェリアのカスバに足を踏み入れたような隔離の感覚。思わず胸に高揚を覚える。坂を上り切るとヴァン・コーリア・ストリートに当たった。これがいわば「内環状道路」。楕円形の道筋に沿って並ぶ一戸建てたちが、また面白い。多くはクイーン・アン様式。18世紀英国で生まれアメリカで再興した建築スタイルで、八角形の塔棟や玄関テラス、非対称的なデザイン等が特徴だ。新興のアメリカ庶民がヨーロッパ王侯貴族に抱いた憧れが今も町中に漂う。これだけまとめて同じ様式が残っているのも珍しい。「飛び地」ゆえの街並ガラパゴス化なのかもしれない。見とれながら歩いているうちに内環状道路を2周してしまった。

イグアナの反骨

 マーブルヒルがマンハッタンであると正式に認められたのは1984年のことだと聞いた。時代の流れに抗いきれず、運河を掘られ、イグアナの尻尾のように切り捨てられたマンハッタンは、かたくなにブロンクスへの帰属を拒み、絶滅危機生物さながら人知れず自分なりのスタイルを貫いてきた。なぜか窓辺にバーニー・サンダース支持のプラカード掲げる家が多い。年を取ったらこんな偏屈な土地に住むのもいいかなと思った。(中村英雄)

228ストリートからテラスビュー・アベニューへ至る坂道。湾曲した通りに沿ってアパートも湾曲している
クイーン・アン様式の住宅。木造三階建てで八角形の塔を持つのはこのスタイルの特徴
旧河川が埋め立てられた直後、1916年のマーブルヒル区画地図。街並は現在もほとんど変わっていない

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