2016/04/22発行 ジャピオン861号掲載記事

この街に住みたい

マーレーヒル❸

 マディソンアベニューの36と37ストリートを占めるモルガン・ライブラリー&ミュージアム。この一画の歴史は、取りも直さず金融王JPモルガンの歴史なわけだが、詳しく語るとおそらく本が一冊書けよう。

 「JPモルガン」というと、ブランドネームのようなイメージで、その名を冠した銀行「チェイス」を思い浮かべる人も多い。が、歴史をたどると、実は彼こそが米連邦準備制度(フェデラルリザーブ)の生みの親で、それが「金融王」といわれるゆえんでもある。

 そのJPモルガン・シニア(1837―1913年)の偉業の数々が、マーレーヒルで展開された。

 36ストリートとマディソンアベニューの北東の角には、かつてイタリア風の一戸建てマンションが建っていた。現在は、ピアモント・モルガン・ライブラリー(36ストリートのパークとマディソンアベニューの間)の別館となっている。

 JPモルガン・シニアがここに居を構えたのは1880年。アメリカの富の時代「Gilded Age」の真っただ中だ。この時代のマンハッタンの中心地がマーレーヒルだった。

金融危機救ったモルガン

 この時期シニアは、すでにその富と社会的影響力で世界中に名を馳せていた。その彼の最後にして最大の偉業が、1907年の金融恐慌の打開だ。その舞台が、マーレーヒルの屋敷というわけだ。その年の秋、ニューヨーク証券取引所株価は前年度最高値と比較して半分まで暴落。全米で多くの州法銀行、証券会社、地方銀行や企業が破産し、ニューヨークの金融機関では流動性が欠如、預金者間で不信感が増大していた。

 このときシニアは60代。半分引退していたが、状況を見かね、ニューヨーク市内の優良銀行のトップ全員を自宅の書斎に招集。目的は、金融恐慌打開基金の捻出に合意させることだった。総額2500万ドルを出し合い、倒産寸前の金融機関に資金を調達する案だった。

 参加したメンツは案に賛成はすれど、どの銀行がいくら出すかでもめた。シニアは「決着がつくまで部屋を出るな」と、全員を書斎に閉じ込め、夜を徹して話し合わせ、結果的にそれがアメリカ経済を救った。

 この一件のインパクトは大きかった。モルガン・シニアがやったことは、本来アメリカの中央銀行がやるべき仕事。国家として、一人の人間にそれほどのパワーを与えるべきではないと、連邦準備制度の必要性が認識されるきっかけとなった。1913年に制度が確立された際、設立証書に署名したのはモルガン・ジュニアだった。同年、シニアは76歳で他界している。

 アメリカを救ったこの36ストリートの屋敷が、ピアモント・モルガン・ライブラリー別館として、ジュニアによって改築されたのは1928年だ。

 ところでこの屋敷、国家救済の他にもう一つ歴史を刻んでいる。1880年、モルガン・シニアはここに入居する際、全館に電気配線を施した。アメリカで初めて個人宅に電気が通ったのが、この屋敷なのだ。

メスライオンが玄関番

 荘厳ながらも、周囲の住宅街の中にひっそりと立つモルガン・ライブラリー。今度近くを通ったら、36ストリート沿いの玄関をよく見てほしい。 2頭のメスライオンの像が玄関番をしている。これは、ニューヨーク公立図書館の2頭のオスライオン像と対を成すものだ。彫刻家も同じエドワード・ポッター。モルガン・ライブラリーのメスの方が先に完成している。

 著書「エクスプロアリング・マンハッタンズ・マーレーヒル」(ヒストリー・プレス刊)の著者、アフルレッド&ジョイス・ポマーは、建物を「護衛」するシンボルとして、なぜオスを公立図書館に、メスをモルガン・ライブラリーに置いたかについて分析を試みている。「オスは、群れ全体を危険から守る。メスは獲物をハントし家族を養う。その意味で、市の財産を擁する公立図書館にオスを、一人の富豪が、世界中から買い集めた(ハントした)財産を擁するモルガン・ライブラリーにメスを置いたのではないか」

 そんな風に思って眺めると、また違うニューヨークが見えてくる。メスライオンの前を通り、マディソン・アベニューを右折して1ブロック北に行くと、37ストリートの南東角に茶色の一戸建てマンションがある。ここは、1904年モルガン・シニアが購入し、ジュニアに住まわせた屋敷だ。88年にモルガン・ライブラリーが購入し、2002年に市のランドマークに指定されている。(佐々木香奈)

ピアモント・モルガン・ライブラリー。1928年J.P.モルガン・ジュニアが父のメモリアルとして建設(36th St. bet. Park & Madison Aves.)
モルガン・ライブラリーの36ストリートの正面玄関を護衛する2頭のメスライオン像。公立図書館のオス2頭と対になっている
マディソン・アベニューの36&37ストリートにあるモルガン・ライブラリー&ミュージアム。37ストリートの屋敷はジュニアの住居だった

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