2016/04/15発行 ジャピオン860号掲載記事

この街に住みたい

マーレーヒル❷

 農場主、貿易商として一時代を築き、独立戦争時には民間人ながらニューヨークで米軍を援助したメアリー・リンドレー・マーレー、ロバート・マーレー夫妻が1780年代に亡くなると、1840年代、子孫の代で土地は区画分けされ、売りさばかれた。

 その際、「買い取った土地・建物を住居以外の目的に使うべからず」という合意書きが権利証書に加えられたという。現在に至るまで、多くの物件契約においてこの合意書きは健在。マーレーヒル歴史地区と呼ばれる35から38ストリートの、レキシントンアベニューとパークアベニューの間の通りは、今もってほぼ全域が住居地区として維持されている。同じストリート番号の西側エリアが、ゴミゴミした商業地区であるのとは対照的だ。その理由が、実は150年以上前の合意書きにあったのだ。

南北戦争後の金ピカ時代

 南北戦争が終結した1865年から、93年までの28年間をアメリカの「Gilded Age」という。「大好況時代」「金ピカ時代」「金箔(きんぱく)時代」と、いろいろに訳されるが、要は富豪が金に物をいわせていた豪華絢爛(けんらん)たる時代であり、社交界の全盛期。教科書的にいうなら、アメリカ資本主義が急速に発展を遂げた時代、といったところか。

 この頃に建てられたマーレーヒル歴史地区のタウンハウス群は、当時でいう「一戸建てマンション」だ。今でこそ内部が改装され、アパートとして部屋単位で賃貸、売買されているものが多いが、マーレーヒルがマンハッタン随一の富豪エリアだったこの時代は、一戸に一世帯が住んだもの。

 そう思って通りを歩くと、とてもかつて個人宅だったとは思えない荘厳なものもあれば、3階建てくらいのいかにも頑丈で豪華な一戸建てもある。「For Sale」という不動産会社の看板が掲げられ、ビルごと売りに出されていたりする。

 この時代のマーレーヒル住人には、金融王JPモーガン、ホテル王ウィリアム・ウォルドルフ・アスターなど、現在にも名前が残る面々ばかり。幕末の日本に、黒船に乗ってやってきたマシュー・ペリー提督も、一時期ここに住んでいた。

 ところで19世紀前半、パークアベニューは4アベニューと呼ばれていた。改名されたのは1837年。このアベニュー沿いにニューヨーク&ハーレム鉄道の線路を敷くために、今の33から40ストリートにかけてトンネルが掘られ、その工事が完成した年だ。翌38年には、今のシティーホールからハーレムまで、機関車で移動することができるようになっていた。運賃は片道25セント。19世紀前半にしては割と高い気もする。

 今でもこのトンネルは、アップタウン方向への、車両専用地下道として機能しており、33ストリートから入り、40ストリートで抜け、そのままグランドセントラルの上(メットライフビル)を通り抜け、46ストリートまで走り抜けることができる。

中流化の波が来た20世紀

 1900年代に入り「Gilded Age」が廃れると、エリアは一気に中流階級へと開発の流れが移った。

 加えて、それまでマンハッタンの街の北端だったマーレーヒル以北の開発が始まる。その口火を切ったのが、1906年オープンの高級デパート「Bアルトマン」だ。34と35ストリート、マディソンアベニューと5アベニューの全ブロックを占める大規模なもの。これに続いて、バーグドルフグッドマンやティファニーズが次々と開店していった。

 このBアルトマン、1985年にニューヨーク市から歴史的建造物指定を受けるが、89年に店自体は倒産・閉店。現在は5アベニュー側がニューヨーク市立大学グラジュエートセンターとして、マディソンアベニュー側が公立図書館として利用されている。

 エンパイア・ステートビルも、郵便区画としてのマーレーヒルの西端に位置する。ここは、1895年までは最初のウォルドルフ・アストリア・ホテルが建っていた場所だ。「Gilded Age」のマーレーヒルで豪華ホテルとして君臨(!)したが、エリア全体の中流化と商業化の波にのまれ、1930年エンパイアが取って代わった。

 住宅開発も近代化。1920年パークアベニューと38ストリート北東角に、マーレーヒル最初の高層(15階建て)集合住宅ビルが建った。2つの世界大戦を経て現代に至るまで、ミッドタウンの宿命ともいうべき過剰開発の波と闘い、現在のマーレーヒルがある。(佐々木香奈)

233 Madison Ave., De Lamar Mansion(37ストリート)。1902〜05年建築。まさに豪邸。これが個人邸だったというから驚く
33ストリートから入り、40ストリートに抜けるトンネルの出口。グランドセントラル上のスルーウエーに続く
かつての高級デパート、Bアルトマンの、マディソンアベニュー側。南側に公立図書館、北側はオックスフォード大学プレスが入る

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