2015/11/20発行 ジャピオン840号掲載記事

この街に住みたい

ハイブリッジ散策❸

 公園から断崖の急な階段を降り切ると、ハイブリッジの端にたどりつく。ハーレム川を股いでブロンクスとマンハッタンを結ぶこの橋は、全長600メートル。竣工は1848年。ニューヨーク最古の橋梁だが、そもそもは上水道が通っていた。設計者は古代ローマの水道橋を手本にしたという。長年、橋の上の歩行は禁止されていたが、整備されて今年7月から遊歩道として市民に開放されている。ほぼ同じ海抜の両岸を高さ約40メートルでつなぐので、まるで、峡谷に架かる一本の吊り橋のような印象がある。

不思議な感覚に襲われる

 橋齢(?)167年を踏みしめながら、ゆっくりと橋の中央を歩く。対岸ブロンクスとの間に視界を遮るものは何一つない。消失点までまっすぐに伸びる眼前の橋は、まるで遠近法の教科書。ニューヨークの他のどこにもない光景だ。

 ところが、歩を進めるにつれ、おかしな感覚に襲われる。身体のバランスが少し奪われた感じ。フラフラして足がすくむ。こう見えても筆者は、職業上、高山ロケやヘリコプターによる空撮などの経験から高所には自信がある方だ。にも関わらず、この橋からは予想外の高所恐怖を感じる。欄干の上には身の丈以上の防護網が張られているので、間違っても落ちることはない。なのに、ハーレム川の谷底に引きずり込まれるような錯覚。もう一度足下に目をやって、原因がやっと分かった。

 橋の路面が平らではないのだ。中央が膨れ上がって左右に下がっている。橋の両端では中央から10センチ以上の落差があろう。だから足回りが不安定なのだ。あたかも人間の歩行を拒絶するかのようなデザイン。別に意地悪をしたわけではなく、水道橋ゆえの必然ではないだろうか。

 48年完成時の水道管は直径91センチ。60年代には水量増加のため同2・28メートルの太い管に替えられた。金属製の水道管は石造の通路の中をいくつもの鉄の柱に支えられる形で走っている。設置と保安維持のために管と石造通路の間には 空間が取ってある。それがため、水道管の上の天井が管の曲面に合わせてわずかに湾曲しているのだ。おそらくこの天井も橋桁同様、石造アーチ構造で支えられ ているのだろう。要するに水道管の上を歩いている、と思えばいい。

 そろそろと橋のスパンの真ん中まで進むと、水平を是正したベンチがあるのでほっと一息。ようやく景色に目が向く。北にアレクサンダー・ハミルトン橋とジョージ・ワシントン橋の重なり、南ははるかミッドタウンの高層ビル群まで見通せる。いずれも絶景だ。ニューヨークの新名所になるのは間違いない。

この橋を愛した作家

 ブロンクスへ渡り切るまで、ついぞ高所恐怖感は消えなかった。こんな怖い橋を愛したのが、誰あろう作家のエドガー・アラン・ポー(09~49年)である。

 ポーは「黒猫」「モルグ街の殺人」「大鴉」など名作を数多く残し、ミステリー小説の生みの親と呼ばれるが、妻の結核療養のため、46年の夏から49年に他界するまで、ブロンクスのフォーダム村に居を移し執筆活動をしていた。当時このエリアは農村地帯。自然をこよなく愛したポーは、よく近所を散歩したが、中でもお気に入りが48年に開通したハイブリッジだった。同時代の文芸評論家サラ・へレン・ホイットマンの著述によると「昼夜を問わずハイブリッジを訪れ、人っ子一人いない橋上を何度も行き来していたポーをよく見掛けた」そうだ。

 ブロンクスに到達したら、「ポー・コテージ」の名で史跡保存されている彼のついのすみかまで足を延ばしてみるのもいい。天井の低い質素な自宅の壁には、雪に覆われたハイブリッジを神妙な顔つきで散歩するポーを描いた銅版画が飾られている。実は、ブロンクス移住の前年(45年)にポーが書いた短編小説「天邪鬼」にこんな予言めいた一節がある。

 「われわれの不快感、目まい、そして恐怖感は、次第に、いわく言い難い靄(もや)のような感覚と合体する。すなわち、ひと思いにこんな高さから飛び降りたらどれだけ気持ち良いだろうか、という感覚と」(筆者訳)

 晩年のポーは、妻の死やアルコール依存症、そして作家同士のけなし合いでかなり傷ついていた。そんな苦悩の天才作家をハイブリッジが引き付けて止まなかったのは、この水道橋が醸し出す「いわく言い難い」恐怖感ゆえ、との解釈は、勘ぐり過ぎか? (中村英雄)

橋を渡りユニバーシティアベニューを南下。168、167ストリートを経由してセジウィックアベニューを北上すれば橋桁の近くまで行ける
ポー・コテージに飾られている雪のハイブリッジを散歩するポーの銅版画。バーナード・ジェイコブ・ローゼンマイヤー作(1930年)協力: Bronx County Historical Society
橋の上から北を見る。絶景だが、どうしても足がすくむ。金網があるので、もちろん落ちることはない

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