2015/11/06発行 ジャピオン838号掲載記事

この街に住みたい

ハイブリッジ散策❶

 「ニューヨークで最古の橋は?」と聞かれると「ブルックリンブリッジ」と答えたくなるが、正解は「ハイブリッジ」。ハーレム川に架かる水道橋で、開通は1848年。美しい石造アーチ部分が、古代ローマのそれを思わせる。水道橋としての役目はとうに果たし、1970年代より閉鎖されていたが、今年の春、大改修を経て40年ぶりに再開通した。橋の上は遊歩道となり一般人が往来できる。

 ダウンタウンで人気の高架線公園「ハイライン」に対抗するかのように、アップタウンの北にもうひとつ「ハイ」な新名所が誕生したわけだ。高さ40メートルの水道管の上を歩けると思うだけで気分が高揚するではないか。今回はこの「ハイブリッジ渡橋」をハイライトに橋近辺の歴史を歩きながら探してみる。

世にも不思議な街並

 散歩コースの出発点は、地下鉄Cラインの163ストリート駅。下車したらセント・ニコラスの大通りを半ブロック南下。やや場違いな石垣に挟まれた細い階段を上ってみる。すると、さらに場違いな古びた長屋が、石畳の通りの両側に計20軒並んでいる。シルヴァン・テラスという路地で、1882年に不動産業者ジェイムズ・レイが建築家ギルバート・ロビンソン・ジュニアに委託して開発した分譲住宅群だ。当時、市内各所にこうした統一感のある空間があったらしいが、ほとんどが再開発で消滅。現在残るのはここだけだ。

 木造なのに状態が良好なのは、史跡保存運動と1981年に施した改修作業のたまものである。今も住民が暮らす私有地であるから、無配慮な写真撮影は許されないが、大都市の片隅にぽっかりとできた異様な空間は、まるで宮崎アニメの世界を思わせる。

ワシントンの参謀本部

 全長100メートル弱のシルヴァン・テラスを抜けると、3階建ての白亜の豪邸が待ち構えていた。その名を「モリス=ジュメル邸」といい、入館料10ドルで一般公開されている。ギリシャ風柱列を配した荘厳な正面玄関の重いノッカーを鳴らすと、扉が開いて上品な婦人に迎えられた。

 屋敷の竣工は1765年。独立前の英国統治時代である。ニューヨークで最古の建築の一つだそうだ。そもそもは英国軍大佐ロジャー・モリス夫妻が、夏の別荘として建てた。独立戦争で同夫妻が英国に避難すると、大陸軍の所有物となる。ニューヨーク湾はおろか、はるかコネティカットやニュージャージまで見渡せる高台に位置していたため、同軍ジョージ・ワシントン将軍は、76年の9月4日から同10月21日までここを陣地に戦略の指揮を執り、「ハーレムハイツの戦い」では劣勢から挽回した。邸宅の2階には、作戦会議が開かれた八角形の参謀室が今も残っている。

 その後、大陸軍はニュージャージーへ撤退を強いられ、屋敷は再び英国軍の手に。しかし、戦争終結後の1790年7月10日、初代大統領に就任したワシントンは、トーマス・ジェファーソン他、当時の閣僚を引き連れ、米国が奪還したこの邸宅で食事したと記録がある。建国の歴史を肌で感じられる貴重な史跡だ。

「自立する女」が愛した邸

 そんな邸宅を1810年にフランス人実業家ステファン・ジュメルが購入する。ジュメル一家は仏領ハイチ(当時)で精糖業を起こして大成功したが、ステファンの代に地元民の独立運動が激化。私財を抱えてニューヨークへ逃れ、母国フランスからのワイン輸入に商売替えした。

 ステファンがこの地で娶(めと)った夫人のイライザ・ジュメルの人生が興味深い。ロードアイランドの貧しい家庭に生まれ育ったイライザは、富豪と結婚後ニューヨーク社交界に進出を図るが、家柄ゆえに差別を受ける。そこで、夫と共にフランスへ足しげく通い、パリの上流階級と密接な関係を結ぶ。邸宅にはナポレオン所有の家具を配置するなど、ニューヨークにあってもヨーロッパのセンスを売りに活躍した。

 美貌もさることながらしたたかな人物で、32年に夫に先立たれると即座に第3代副大統領アーロン・バーと同邸宅で再婚。結婚生活は4カ月で破綻するも、名声を獲得したイライザは、不動産投資で巨万の富を蓄え、65年に亡くなるまで屋敷に住み続けた。たたき上げから成り上がって恋も財も手にしたイライザは、19世紀では珍しいタイプ。ニューヨークらしい自立型女性のはしりと言えるかも知れない。
(中村英雄)

歴史保護地区に指定されているシルヴァン・テラス。奇妙な統一感ゆえに「神隠し」に遭いそうな摩訶不思議空間
モリス=ジュメル邸は1810年にジュメル夫妻が購入した際、ギリシャ風の正面デザイン(フェデラル様式)が加えられた
モリス=ジュメル邸のこの一室では、ワシントンが「ハーレムハイツの戦い」で指揮を執った。240年前には窓から隣州まで一望できた

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