2015/04/17発行 ジャピオン809号掲載記事

この街に住みたい

ブルックリンハイツ❸

呪われた巨大つり橋
ブルックリンブリッジ

 1865年、4年に及ぶ内戦「南北戦争」がようやく終結すると、アメリカは急速に工業化を進める。その影響でニューヨークの経済はさらに発展。歩調を合わせるかのようにブルックリンにも工場が増え、人口も60年代後半には30万人を越えた。マンハッタンとブルックリンの往来をさらに潤滑にすべく両市に橋を架ける計画が67年に承認された。設計施工の責任者はドイツ移民の土木技師ジョン・A・ローブリング。ベルリン王立高等理工科大学出身の天才で、既に米国で多くの橋梁(きょうりょう)を手掛けており、つり橋工法の第一人者だった。

 69年にいよいよ着工。その矢先にローブリングが急死する。誰もが待ち望む「期待の橋」に、今さら計画中止はあり得ない。息子で建築家のワシントンが父の夢を継いだ。しかし、彼も橋桁の地下工事の影響で減圧症を患い、建設途中で半身不随となる。妻のエミリーが健気にも建築学を一から勉強して、夫の指示を現場に伝える連絡役となり現場を監督したが、作業員の故障が絶えず工事は難行。橋の完成は危ぶまれた。

 83年5月24日、14年間の歳月と1500万ドル(当時)をかけて、とうとうブルックリンブリッジは竣工(しゅんこう)。全長1825メートル。石造橋桁の高さ84メートル。史上初の鋼鉄製つり橋が、イーストリバーに架かった。ところが、開通から6日後、橋上に詰め掛けた群衆が崩落のうわさでパニックを起こし、大暴動となり12名が圧死。またもや悲劇である。

 とことん運の悪い橋の最大の不幸は、橋のおかげでブルックリンハイツの人口が増え、期待とは裏腹に高級住宅街が急速に俗化したことだ。メードや使用人を雇うライフスタイルは廃れ、富裕層はハイツを見捨てて郊外へ脱出。かつての豪邸や高級ホテルは、労働者向きの賃貸アパートに変わり、揚げ句には麻薬や売春など犯罪の巣窟と化してしまった。

都市計画が生んだ新名所
プロムナード

 20世紀の目前、ブルックリン市がニューヨーク市に合併されるとさらにハイツの衰退は進み、一部はスラム化した。そんな街に希望の光が、「お上」から降り注ぐのは、第二次世界大戦中のこと。モータリゼーションと都市化の推進という使命を負った当時の市土木部長ロバート・モーゼスは、市内5区を連結する高速道路網の敷設計画に躍起になっていた。ハイウェーは万一米本土が敵の攻撃を受けた時には軍用道路に転換できる設計だった。

 モーゼスはその一環としてブルックリン・クイーンズ高速道(BQE)をハイツの南北に貫通させる提案を出す。案の定、住民は猛反対したが、公聴会で討論を重ねるうちに、「断崖部分に上下2段の高速道路を、梁(はり)を片方だけで固定する工法で走らせ、その上を騒音防止効果も考えて公共の遊歩道でふたをする」という画期的なアイデアが飛び出した。発案者はいまだに特定できない。おそらく、戦時下の切羽詰まった空気の中で官民一体で知恵を絞った結果、妙案が生まれたのだろう。

 施工は1946年から始まり、河岸段丘からせり出す557メートルの遊歩道は50年に完成。その下の「2階建て」高速道は54年に開通した。「プロムナード」と名付けられた遊歩道からはニューヨーク港が一望に見渡せ、はるか自由の女神まで望めるとあって、わんさか客が押し寄せ、当初の懸念はどこへやら、ハイツの新名所となった。

名作の生まれた街ハイツ
モンローも愛した

 それからである。地に落ちたハイツの栄光がじわじわと挽回を始めた。まずは芸術家や文学者たちが集まってきた。「ティファニーで朝食を」で有名な作家トルーマン・カポーティは、ウィローストリート70番地に住んだ。第二次大戦の生々しい最前線「裸者と死者」を書いたノーマン・メイラーの家は、プロムナードを見下ろすコロンビアハイツ142番地。劇作家のアーサー・ミラーは、グレースコート31番地で名作「セールスマンの死」を書き上げた。

 そのミラーと一時結婚していたのが女優のマリリン・モンロー。彼女も62年の謎めいた自死の直前に「私が一番好きなのはブルックリン。年を取ったら絶対にブルックリンに引っ越すわ」と妙に前向きな言葉を残している。次回は、オツにすました住宅街から1枚皮がむけて再生したハイツの新しい顔に迫る。(中村英雄)

1883年開通のブルックリン橋。マンハッタンの市庁舎前から橋の中央の遊歩道に入れば歩いて渡れる。往復3キロは週末の運動に最適
プロムナードは市内随一の絶景スポット。映画「アニーホール」や「月の輝く夜に」にも登場した。日本から訪れる友達も100%喜ぶ
コロンビアハイツ142番地にあるノーマン・メイラーの居所。2007年に他界するまでこの家で執筆を続けていた

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