2015/04/10発行 ジャピオン808号掲載記事

この街に住みたい

ブルックリンハイツ❷

成功者の証
「赤褐色の豪邸」の街並み

 南北はアトランティック・アベニューとオールドフルトン・ストリート。東西はコート・ストリートとプロムナードに囲まれた0・83平方キロの閑静な住宅地ブルックリンハイツ。(以下ハイツと略)探索の2回目は、このエリアの名物建築「ブラウンストーン」の話から入ろう。

 1814年の蒸気船フェリー開通をきっかけにハイツは急速に開発された。当時人気の住宅スタイルは、隣家と隙間なく並ぶ4階建てのタウンハウス「ブラウンストーン」。建材がニュージャージーなどで採石された三畳紀~ジュラ紀の砂岩で、文字通り「赤褐色」が美しく、通称の由来になっている。

 デザイン的には石造りの階段「ストゥープ」が目を引く。住人がコーヒー片手にここに腰掛けて新聞を読んでいる光景はハイツの風物詩。特に4~10月の気候が良い季節には、週末ともなると、階段にガラクタや古着を並べた「ストゥープセール」があちこちで「出店」する。上品な街柄のせいか、時折、思いがけない掘り出し物も見つかる。

 基本的に4階構造のブラウンストーン住宅。半地下の最下階が、かつてメードや使用人が暮らしていた部屋。天井は低く、陽当たりも悪い。10段あまりのストゥープを上がってメインドアを押開けると、家主の居住空間でパーラーフロアと呼ばれる。天井の高さ3メートル超の悠々としたリビングルームには、たいてい立派な暖炉がしつらえてある。急な内階段を上がれば3階のマスターベッドルーム。さらに4階は子供部屋というのが共通の作りで、こんな環境で成功者の大家族が暮らしていた。「裏庭」があるところなど京都や金沢の町屋造りに似ている。

19世紀の上流階級を描く
映画の中にも登場

 レムゼン・ストリート32番地に現存するブラウンストーンは、マーチン・スコセッシ監督の映画「エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事」(1993年)のロケに使われた。この作品は時代考証が丁寧なので、19世紀の「使用人付きライフスタイル」を知るには参考になる。

 当時の移動手段といえば馬車が中心。映画の中でも馬車での移動が効果的に使われており、特に後半、ミシェル・ファイファー扮する貴婦人の心の迷いを馬車の中で描いたシーンは秀逸だ。そんな馬車を操っていた御者のための住宅キャリッジハウスが袋小路のハンツ・レーンやグレースコートに今も並ぶ。24時間目が離せない馬の世話のため、厩舎(きゅうしゃ)と居住空間が合体したユニークな建物だが、ブラウンストーンに比べると小ぶりで素朴。富裕層と労働者階級の格差を感じる。とはいえ、近年では珍しいデザインと車庫を残してモダンに全面改装したキャリッジハウスは大人気。一棟500万ドルは下らないそう だ。

奴隷制度を廃止せよ!
ハイツ人道主義の拠点

 メードを顎で使うぜいたくな暮らしの傍ら、19世紀半ばのハイツでは奴隷制度廃止運動ののろしも上がっていた。その拠点がヘンリー・ワード・ビーチャーが初代司祭を務めたプリマス教会だ。1847年建立。ジョークやスラングを交えたビーチャーの説教は絶大な人気を博し、彼の教会を中心に逃亡奴隷保護運動(通称「アンダーグラウンド・レールロード」)のネットワークを展開した。

 ライフルを「聖書」と偽装してカンザスの反奴隷制度活動家に送るなど過激な行動もあったビーチャーだが、南部からは大勢の未解放奴隷が彼を頼って自由のあるハイツにやってきた。リンカーン大統領の「60年演説」をはじめマーク・トウェーン、チャールズ・ディケンズからマーチン・ルーサー・キング・ジュニアまでそうそうたる偉人たちが、プリマス教会から人種差別反対のメッセージを発している。

 65年、リンカーンは暗殺されたものの、北軍の勝利で4年に及ぶ南北戦争が終結。結果的には全米で300万人の黒人奴隷が解放され、時代は工業化に突入した。ほどなくハイツにも急激な変化が訪れる。その皮切りが67年に市議会可決されたブルックリンブリッジの建設だ。提案者はドイツ人土木技師ジョン・オーガスタス・ローブリング。最新の橋梁(きょうりょう)技術をもって世界最大のつり橋がマンハッタンとブルックリンを結ぶ。それはハイツのさらなる発展を約束するはずだったが…次週に続く。
(中村英雄)

ヒックス・ストリートにあるプリマス教会。中庭には創始者で19世紀の奴隷制度廃止運動を牽引(けんいん)したヘンリー・ワード・ビーチャーの銅像が立つ。地元でも人気の私立幼稚園があり、昼下がりにはお迎えのナニーたちでごった返す
映画「エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事」の撮影で使われたレムゼン・ストリートのブラウンストーン。ちなみに現在、売出中でお値段は780万ドル
かつては御者用住宅だったキャリッジハウスが並ぶ裏道グレースコート・アレイ。袋小路なので知る人はあまりいない。市内で「車庫付き」は今ではぜいたく

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