2018/06/22発行 ジャピオン972号掲載記事

心と体のメンテナンス

食欲と脂質の関係(後編)

「第2の脳」としての腸 食欲と胃の動きを調整

食欲を抑える抗肥満薬について教えてください。

 脂っこいものは、食べれば食べるほど幸せな気分になり、さらに食べたくなるものです。これは気のせいでも偶然でもなく、食べ物に含まれる脂質が脳のカンナビノイド(CB1)受容体というタンパク質と結合する結果、脳に変化が起きるためだと考えられています(前編参照)。この仕組みに注目し、脳に作用させ、食欲を抑えてやせる抗肥満薬の開発が、2000年前後から始まりました。

 当時から肥満は、脳梗塞や糖尿病など、心身のさまざまな病気の原因になると言われていました。抗肥満薬の開発は非常に注目され、欧州ではCB1受容体阻害剤のリモナバン(ブランド名「Acomplia」)が認可され、患者が減量に成功したことが報告されました。

 しかし、患者はやせると同時に気分が徐々に落ち込み、自殺者まで出るという「予想外の副作用」が明らかになりました。後で分かったことですが、食欲と喜びは密接に関係しており、薬で食欲を奪った結果、喜びまで奪われてしまったのです。この薬は、その後販売が中止されました。

アメリカにはどんな抗肥満薬がありますか?

肥満人口の多いアメリカでは、抗肥満薬の研究も盛んですが、使用が認められた薬は5剤しかありません。

 ほとんどの薬は、リモナバンほどではないにしろ、脳に作用するものです。例外として比較的最近発売されたオルリスタット(ブランド名「Xenical」「Alli」)は、小腸での脂肪の吸収を防ぎます。人によってはよく効くのですが、下痢をする、無意識に便が出る、などの副作用があります。また、そもそも過食して太る人が多いのですが、この薬は服用期間中、脂肪分の摂取をできるだけ避けることが推奨されています。

 長期間服用する抗肥満薬は、その分副作用も出やすくなります。理想的な抗肥満薬の開発は、非常に難しいのです。

腸と食欲、脂質の関係は?

腸は「第2の脳」ともいわれ、胃から流れてくる食べ物を認識すると、脳からの指示を待たず自ら判断して適切なホルモンを放出し、消化吸収の働きを調整します。そのホルモンの一つ、インクレチンは、神経を通じて脳に作用し、満腹感をもたらすことが分かっています。

 さらに、食べた脂質が腸で分解されて作られるものにグリセロールや脂肪酸がありますが、それらが腸の受容体と結合すると、食べ物を腸に送る胃の動きが「遅くなる」という研究結果が最近報告されました。

 つまり、食事で脂質を取ると、それを認識した腸はインクレチンを分泌し、さらに胃の動きを間接的に調節することにより、「満腹になった」という信号を脳に送っているわけです。食べ過ぎた後の胸焼けや胃もたれも、こうして胃の動きが抑えられた結果起きることであり、「もう食べないで」という脳への警告です。脂質の摂取は食欲を増進させますが、同時に体には、過食を防ぐ仕組みも備わっているということです。

 ほかにも、胆のうは胆汁酸を腸に放出し、脂肪吸収を助けます。胆汁酸は、コレステロールを原料にして肝臓で作られます。

 アメリカでは、開腹手術で治療用機器を体内に埋め込む肥満治療が2015年に認可されました。その機器の作用で食べ物を胃に長時間留まらせることにより、結果的に食事量が減り、減量につながると期待されています。

 参考までに、インクレチンはすい臓のβ細胞を刺激し、インスリンの分泌を増加させることから、2型糖尿病治療薬としての可能性が注目されています。

食欲の調整には、脳以外の臓器もかかわっているということですか?

そういうことです。私は脳、腸、肝臓に着目していますが、骨や脂肪など、世界ではさまざまな臓器や栄養素を対象に研究が行われています。食欲もそうですが、体は複数の臓器の働きで成り立っており、それらのバランスを崩す、痩身目的の極端な食事療法は、基礎研究者の立場からは問題があると考えます。肥満対策は原因解消が第一ですが、その上で好きな物を適量、楽しく食べることも心身の健康には大事です。

※次回からは三宅亜紀子さんに、在宅医療サービスについてお聞きします。

腸は胃から流れてくる食べ物を認識してインクレチンを分泌し、さらに胃の動きを調節して遅らせる(胃排出遅延)ことにより、脳に満腹信号を送り食欲を制御する(図提供:樋口先生)
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樋口聖先生
Sei Higuchi, PhD

薬学博士、薬剤師(日本の免許)。城西大学大学院で薬学研究科修士課程修了後、福岡大学大学院で薬学研究科博士課程を修了。京都大学医学部博士研究員を経て、2015年からコロンビア大学博士研究員。糖尿病、脳・腸の働きに注目した摂食行動の研究に従事。米国日本人医師会(JMSA)主催「NYライフ・サイエンス・フォーラム」運営委員、NY日本人理系勉強会(JASS)幹事など。

Columbia University Medical Center

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