2018/06/15発行 ジャピオン971号掲載記事

心と体のメンテナンス

食欲と脂質の関係(前編)

食欲・多幸感と脂質の関係 鍵を握る「受容体」の働き

脂っこいものを食べたくなるのはなぜですか?

 脂がのった肉や魚、揚げ物、ハンバーガーなど、脂肪分の多い食べ物は食欲をかき立てます。つい食べ過ぎてしまい、胃もたれや胸焼けを起こした経験のある人もいるでしょう。脂っこいものを食べたいとき、食べた後に多幸感や満腹感に満ちているとき、私たちの体の中ではさまざまな変化が起きています。それらの仕組みの鍵を握るものの一つが「受容体」の働きです。

 私たちが幸せや悲しみを感じるとき、また体の中で何かしら変化が起きているときは、大抵のケースで受容体が関与しています。受容体とは、細胞の内外に存在するタンパク質のことです。体の中で作られる、または体の外から取り込むホルモンや化学物質と結合することにより、細胞機能に変化を起こす作用があります。

 例えばメントール成分が入ったガムをかむと、体が一瞬冷える感じがします。しかし、実際に体温が下がっているわけではなく、体温を感知する受容体とメントールが結合することで、清涼効果が起きています。唐辛子を食べて辛いと感じるのも、同じように受容体の作用です。

食欲に関与する受容体とは?

最近の研究で、食べ物に含まれる特定の脂質が脳にあるカンナビノイド(CB1)受容体と結合することで、食欲が高まり、幸福感が生まれることが徐々に明らかになってきました。

 CB1受容体は全身にありますが、特に脳に多いことが知られます。一方、CB1受容体と結合する脂質には、アナンダミド、2—アラキドノイルグリセロール(2—AG)の2種類があります。これらの脂質は、脂肪分の多い食べ物のほとんどに含まれるほか、体内でも作られています。

 厳密に言うと、脂肪分の多いものをたくさん食べることにより、体の中にアナンダミドと2—AGの「材料」が増えることになります。さらに言い換えると、脂っこいものを食べれば、アナンダミドと2—AGが増えやすい体質になるということです。

 参考までに、CB1受容体は、大麻の研究がきっかけで発見されました。食欲・多幸感のほかにも、食べ物の好みに関与すること、鎮痛効果をもたらすこと、記憶障害を誘発することなどが報告されています。

脂肪分の多いものを食べれば食べるほど、さらに食べたくなるのは本当ですか?

本当です。CB1受容体と脂質、食欲の関係については、世界で研究が盛んに行われています。私も日本で大学院生だったときにこの研究に取り組み、空腹感があるときや、脂っこいものを食べたいと感じるとき、脳内ではアナンダミドと2—AGが大量に放出され、CB1受容体と結合していることを発見しました。これらが結合することで、「脂肪分の多いものを食べたい」という欲求がさらに強くなり、食べた後の多幸感も大きくなるというわけです。

 もう一つ、食欲増進の仕組みとして、アストロサイトという近年注目されている脳内細胞の関与があります。アストロサイトは、自ら枝葉を伸ばして大きくなり、神経の働きを調整し、助けるという重要な役割を果たしています。

 このアストロサイトには大量のCB1受容体が発現しており、私が行った研究で、脂肪分の多いものを大量に食べると、アストロサイトがどんどん大きくなることが分かりました。アストロサイトの働きで、神経の信号伝達機能が向上する結果、「脂肪分の多いものはおいしい、好きだ」という気持ちが記憶に強く刷り込まれ、それらをますます食べたくなると考えられます。

 いろいろ説明しましたが、結論として、CB1受容体と脂質の結合は脳を依存症に近い状態に変えると言えるかもしれません。しかし、薬物中毒のように脳の構造が劇的に変化したり、脂質摂取への精神的依存が生じることはありません。

頭の中以外での脂質と食欲の関係は?

最近の研究で、CB1受容体が舌にも存在することが報告されました。アナンダミドと2—AGは、舌のCB1受容体に結合することで味覚を調整し、最終的に食欲にも作用していると考えられています。

※後編は、肥満の研究や治療薬開発についてです。

受容体にはたくさんの種類がある。受容体がそれぞれの「溝」の形に合うホルモンや化学物質と結合することで、体内にさまざまな変化が起きる。食欲や、食後の多幸感は、CB1受容体と特定の脂質が結合することで生まれる(図提供:樋口先生)
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樋口聖先生
Sei Higuchi, PhD

薬学博士、薬剤師(日本の免許)。城西大学大学院で薬学研究科修士課程修了後、福岡大学大学院で薬学研究科博士課程を修了。京都大学医学部博士研究員を経て、2015年からコロンビア大学博士研究員。糖尿病、脳・腸の働きに注目した摂食行動の研究に従事。米国日本人医師会(JMSA)主催「NYライフ・サイエンス・フォーラム」運営委員、NY日本人理系勉強会(JASS)幹事など。

Columbia University Medical Center

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