2017/02/24発行 ジャピオン904号掲載記事

心と体のメンテナンス

がん治療薬の課題と最新動向(後編)

免疫療法と遺伝子治療 ハエの実験で創薬加速

がんの免疫療法とは何ですか?

 がん細胞に対する免疫細胞の攻撃力を高めて、がん細胞を殺す治療法です。

 近年実用化された免疫療法の一つが「免疫チェックポイント阻害療法」です。私たちの体には、免疫細胞が誤って正常細胞を攻撃しないように、〝チェックポイント(ブレーキ)〟の仕組みがあります。ところが、がん細胞がこのブレーキを巧妙に乗っ取り、免疫細胞からの攻撃を回避していることが最近分かってきました。そこで、あえてこのブレーキを壊し、がん細胞に対する攻撃力を取り戻すのがこの治療法です。

 代表的な薬剤の一つがニボルマブ(商品名「オプジーボ」)です。この薬は免疫細胞表面のPD-1タンパクに密着することで、PD-1ががん細胞表面のPD-L1タンパクに付着するのを邪魔し、がん細胞が免疫にブレーキをかけられないようにします。

 オプジーボは、皮膚がんや肺がんなど(いずれも一部)の治療薬として認可されています。一部の患者には非常に効果があり、がんが消滅した例も報告されています。しかし、効果に大きな個人差があること、従来の抗がん剤に比べ価格が非常に高いこと、免疫が活性化する結果、正常細胞も攻撃される可能性が高まり、自己免疫疾患や糖尿病の発症リスクが上がることなどが問題となっています。

遺伝子治療の最新動向は?

 遺伝子治療とは、患者の細胞の遺伝子を変化させる治療法です。化学物質や無害化したウイルスの力を借りて、がん細胞を殺す遺伝子を体内のがん細胞に届けたり、患者から取り出した免疫細胞に、がん攻撃の効率を高めるための遺伝子操作をして体内に戻したりします。さまざまな手法が研究されてきましたが、CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン、以下CC)という画期的な遺伝子編集技術が近年登場し、がん治療に役立つのではないかと注目されています。

 遺伝子の本体は、ヌクレオチドという物質(A、T、G、Cの4種類)が鎖のようにつながって出来たDNAです。CCはこのヌクレオチドの並び方を人為的に変える(編集する)技術で、従来の編集技術と違い、より簡便で効率も高いのが特徴です。

 具体的には、編集に必要な部品、すなわち変えたいヌクレオチドを鎖から切り出す「ハサミ」や、どのように変えたいかを記した「見本」に相当する物質を細胞に入れます。この技術によって、がん細胞で異常になっている遺伝子のヌクレオチドだけを正常に戻し、がんの増殖を阻止できる可能性があります。他にも、免疫細胞のPD-1遺伝子をあえて破壊してブレーキがかからないようにし、がんへの攻撃力を高める方法などが考えられます。

 CCは、筋ジストロフィーなどがん以外の遺伝性疾患の治療や発症予防への応用も期待されています。

高効果・低毒性の抗がん剤開発とは?

 私は今、ショウジョウバエというゴマ粒大のハエを使って創薬研究を行っています。一見、ハエは我々ヒトとは似つきもしませんが、がんを含むヒトの病気に関連する遺伝子の75%以上が、実はハエにも存在します。実際に、ハエの遺伝子操作によってがんに似たものを発症させ、ヒトがんの「モデル」を作ることができるのです(図参照)。

 現在在籍する研究室は、ハエががん創薬に貢献できることを示してきました。まずハエに遺伝子操作を施し、甲状腺がんの一種である甲状腺随様がん(MTC)のモデルを作りました。このハエに薬の候補となるさまざまな化学物質が入った餌を食べさせ、がんの治療効果を調べた結果、バンデタニブという物質が高い効果を持つことを発見しました。その後、バンデタニブはMTC初の治療薬「カプレルサ」として認可され、現在使用されています。

 カプレルサは分子標的治療薬(前編参照)ですが、やはり副作用があります。私たちはハエを使った研究をさらに進め、カプレルサを含む抗がん剤の効果や副作用に影響する遺伝子を効率よく特定する手法を開発しました。この情報を活用して抗がん剤の形を変え、治療効果を大きく高めた化学物質を創出することに成功しています。今後もこの独自の創薬基盤で、がん創薬を劇的に加速したいと考えています。

※来週はエミッグ美津さんに、うつと催眠療法について伺います。


 

さまざまな遺伝子に異常が生じた結果、がんが発生する(上)。ハエの遺伝子を操作してこれらの異常を模倣し、ヒトがんのモデルを作ることができる(左下)。抗がん効果のある薬を特定できた場合、臨床に応用する(右下)。ハエは受精から成虫になるまで約10日間と短いため繁殖が容易で、多数の個体を必要とする創薬研究に適している(イラスト提供:園下先生)
2017-02-16 16.34.35

園下将大先生
Masahiro Sonoshita, PhD.

京都大学大学院医学研究科・准教授。東京大学薬学部卒、医学博士。2013年9月からマウントサイナイ医科大学博士研究員(兼務)。がん発生の仕組みの解明と治療薬開発に従事。医療関係者・研究者と産、官、一般を対象とする「米国日本人医師会(JMSA)NYライフサイエンスフォーラム」(4月8日開催)の運営委員。

Icahn School of Medicine at Mount Sinai
Dept. of Cell, Developmental and Regenerative Biology

WEB
http://icahn.mssm.edu
MAP
1468 Madison Ave. (bet. 99th & 102nd Sts.)

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