2017/02/17発行 ジャピオン903号掲載記事

心と体のメンテナンス

がん治療薬の課題と最新動向(前編)

がん細胞を狙い撃ち 副作用軽減に課題も

がんの化学療法について教えて下さい。

 がんの治療には、外科治療(手術)、放射線治療、化学療法があり、がんの種類や進行度、患者の年齢や体力などを考慮した上で、これらを単独または組み合わせて行います。そのうち化学療法は、抗がん剤などの薬物を使ってがん細胞の増殖を抑え、がんの成長を阻止する治療法です。

 外科治療と放射線治療は、発生場所にとどまっているがん(限局性がん)の治療に有効です。それに対し化学療法は、薬が血流に乗って全身をめぐるので、限局性がんだけでなく、他臓器に転移したがんの治療にも適しています。

抗がん剤の仕組みとは?

 一言で抗がん剤と言っても、さまざまな種類があります。

 例えば、プラチナ製剤や代謝拮抗剤と呼ばれる薬は、細胞の中にあるDNA(デオキシリボ核酸)の複製を阻止します。DNAは、一つの細胞が二つに分裂する際に複製されて受け継がれていく、「生命の設計図」ともいうべき大変重要なものなので、DNAの複製を阻止されたがん細胞は、それ以上分裂して増殖することができません。

 ほかにも微小管阻害薬という薬は、細胞の中で伸縮して細胞の生存や増殖を調節している、微小管という装置の働きを止めることにより、がん細胞の増殖を阻止します。

 現在使われている抗がん剤の中には、1960年代に開発された薬もあります。問題は、これらの抗がん剤は一般的に効果が低く、副作用が強く現れてしまうケースが多いことです。これは、抗がん剤が増殖している正常細胞にも作用し、一緒に殺してしまうことに起因します。

 主な副作用は、吐き気、脱毛、下痢、白血球減少、血小板減少などです。症状や程度は、薬の種類や患者によっても異なります。副作用のせいで生活の質が低下した場合は、薬の種類や投与量などを変えることになります。

分子標的治療薬とは何ですか?

 がんを狙い撃ちする薬剤です。正常細胞へのダメージを回避することで、従来の抗がん剤の大きな問題である副作用を軽減しようとする薬剤で、約20年前に初めて登場しました。がん細胞や、がん細胞に栄養を供給する血管などに存在し、正常細胞には存在しないタンパクを攻撃し、がん細胞の増殖を阻止します。

 細胞の表面や内部には、DNAに書き込まれた遺伝情報(遺伝子)から作られる、形や機能の異なるさまざまな種類のタンパクが存在します。それらは互いに結合することで、「細胞を増やそう」「動かそう」などの情報をリレー走のように伝達し、細胞の増殖や運動などを調節しています。

 ところが、過剰量の放射線や紫外線、有害な化学物質などによって遺伝情報が変化してしまうことがあります。大元の設計図が変わってしまうわけですから、形が変化した異常タンパクが作られたり、形は正常でも数が異常に多くなったために、情報を誤って活発に伝達してしまったりすることがあります。この結果、正常だった細胞が、無秩序に増殖するがん細胞に変化してしまうのです。分子標的治療薬は、このような異常な振る舞いをするタンパクの働きを止めます。

分子標的治療薬の例を教えて下さい。

 慢性骨髄性白血病の治療薬として登場したイマチニブ(商品名=グリベック)があります。がん細胞内にある、ABLという異常型タンパクの働きを邪魔する薬です。ABLタンパク表面の「溝」を塞ぐことにより、「増えよう」という情報伝達を止め、がん細胞の増殖を停止させる働きがあります(図参照)。

 この他、乳がん治療薬のトラスツズマブ(商品名=ハーセプチン)は、がん細胞表面のHER2タンパクを狙って攻撃する薬です。検査で、過剰なHER2が確認された患者さんが治療の対象となります。

 分子標的治療薬は、イマチニブのように狙い通りの効果を上げた例もありますが、副作用が出てしまう例もまだ多いのが現状です。例えばハーセプチンは、正常細胞に少量存在するHER2にも作用してしまいます。がんに薬への耐性ができ、効果が消失してしまう場合もあります。さらに高効果・低毒性の薬を創出すべく、現在盛んに研究開発が行われています。

※来週は、最新治療と研究動向について伺います。


 

がん細胞内の異常型ABLタンパクは、「増殖せよ」という情報を発信する(左)。イマチニブは、この情報発信に重要なABL表面の「溝」に結合するように形がデザインされており、情報の伝達を遮断する(イラスト提供: 園下先生)
2017-02-16 16.34.35

園下将大先生
Masahiro Sonoshita, PhD.

京都大学大学院医学研究科・准教授。東京大学薬学部卒、医学博士。2013年9月からマウントサイナイ医科大学博士研究員(兼務)。がん発生の仕組みの解明と治療薬開発に従事。医療関係者・研究者と産、官、一般を対象とする「米国日本人医師会(JMSA)NYライフサイエンスフォーラム」(4月8日開催)の運営委員。

Icahn School of Medicine at Mount Sinai
Dept. of Cell, Developmental and Regenerative Biology

WEB
http://icahn.mssm.edu
MAP
1468 Madison Ave. (bet. 99th & 102nd Sts.)

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