2017/06/09発行 ジャピオン918号掲載記事

中村武彦のプロスポーツから見る経営学

第16回 育成機関への投資


既成概念排除して
投資意義を明確化

  今回は、プロサッカーチームの「アカデミー」いわゆる「育成」の部分について解説します。

育成機関のビジネス

 先日ニューヨーク・レッドブルズ(NYRB)のリザーブチーム、NYRBⅡの試合を、ニュージャージーのモンクレール大学まで観に行きました。トップチームの試合は、本拠地のレッドブル・アリーナで行いますが、リザーブチームの試合は大学施設を借り、観客も約500人規模でした。

 この育成機関は、どのようなビジネスモデルで運営されているのでしょうか。練習施設は立派なものですが、試合を行ってもチケット販売、スポンサーからの収入はそれほど見込めません。世界中のプロサッカーチームは自前の育成機関を保有していますが、トレーニング施設、指導者、メディカル、選手、試合運営費、メンテナンスとコストはかなりかかります。これらに対する投資をどうやって回収するのか。勝敗と同じで必ず優秀な選手が毎年育つことが計算できる保証はありませんから、実はロジカルな回答はありません。

 アメリカンフットボール、バスケットボール、野球などのアメリカのメジャースポーツではU—18といった育成を目的にした機関は存在しません。それは育成機関を投資対象として見たとき、リターンが不確実過ぎるという考えがあるからです。一般的には、選手は大学に育ててもらい、優秀な選手をドラフトで指名した方が合理的というわけです。

育成機関が必要な理由

 MLSで各チームが自前でアカデミーを持つことが決まったのは2007年頃です。当時、私自身もMLSに勤務をしていて、育成機関の是非についての議論が各チームの強化担当者会議で活発に行われました。

 強化担当者たちは、最初「サッカーなんだから育成機関を保有するのは当たり前」と主張しましたが、オーナーたちは「投資へのリターンは何か」「他のスポーツ同様、大学や高校から優秀な選手を獲得すればよいのではないか」「必ず良い選手を育成できるのか」と問い掛け、議論は1年以上継続されました。そんな中、強化担当者たちが出した答えは秀逸でした。

 一つ目は、「自前で選手を育てる方が、自分たちのチームのスタイルに合った選手をコアなポジションに入れることができ、海外などから高額な選手を獲得することを考えると大きくコスト削減ができる」ということ。確かにコアのポジションには、助っ人やスターを呼んでくることが多く、高額の移籍金と年俸を用意する必要がありますが、その選手が必ず活躍するという保証はありません。

 次に、「優秀な選手を育てて移籍をさせることで移籍金収入が発生する」ということ。優秀な選手を毎年育て移籍させることは現実的には困難ですが、NYRBは実績として、英国リーグのチェルシーにマット・ミアツガ選手を500万ドルで移籍させています。

 そして「幼い頃から一緒にプレーをしている選手たちがチームの主力となる方が、世界的に見ても長期的に強く、地元ファンのサポートも厚くなる」ということ。これは世界的に実例があります。デビッド・ベッカムや、ポール・スコールズ、ライアン・ギグズなどは英国リーグのマンチェスター・ユナイテッドの育成機関からトップチームに昇格しました。育成機関出身のリオネル・メッシ、シャビ、アンドレア・イニエスタなどをそろえるスペインリーグのFCバルセロナも安定して勝てるチームで、ファンからも大きな支援を得ています。

 「育成機関を構築することで、多くの地元の子供たちと触れ合うことになるので、選手にならなくても生涯チームのファンになってくれる」といった理由も出されました。

 これらの理由に対してオーナーたちは「では誰が育てるのか」と質問しました。それに対して、「指導者も育てる必要がある」として、MLSは、指導者ライセンスを発行するフランスサッカー協会と提携し、毎年MLSの育成年代の指導者たちは全員フランスに留学し、フランスサッカー協会のスタッフがMLS本部に常駐し、各チームの指導者が留学から戻って来てからもフォローアップできる体制を整えました。

投資の意義を明確化

 単純に「自分たちで育てるのが大事」と言うだけでは、投資対象にならなかったわけですが、MLSの強化担当者たちが出した答えは私自身にとっても目からうろこが落ちる思いでした。

 NYRBは昨季までキャプテンだったダックス・マッカーシー選手を今季のオフシーズンに放出してまで自前で育てた18歳のタイラー・アダムス選手を同じポジション起用しています。アダムス選手には既に欧州から照会が届いているといわれています。合理的なアメリカにおける育成への投資が将来、どう花咲くか非常に楽しみです。

MLSの育成機関は、強化担当者らが投資の意義をオーナーに訴え設立が決まった(写真はイメージ)

中村武彦

中村武彦
マサチューセッツ大学アマースト校スポーツマネジメント修士取得、2004年、MLS国際部入社。08年アジア市場総責任者就任、パンパシフィック選手権設立。09年FCバルセロナ国際部ディレクター就任。ISDE法科大学院国際スポーツ法修了。FIFAマッチエージェント。リードオフ・スポーツ・マーケティングGMを経て、15年ブルー・ユナイテッド社創設。

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