2016/11/11発行 ジャピオン890号掲載記事

中村武彦のプロスポーツから見る経営学

第6回 サラリーキャップ


年俸上限でリーグ守る
各球団の戦力均衡狙い

 「サラリーキャップ」とは文字通り、給与にキャップ(上限)が設けられていることで、アメリカのプロスポーツ界では大体のリーグに導入される制度です。

 このサラリーキャップ制度は、スポーツビジネスの制度の中で、一般社会の常識と大きく異なるユニークなものの一つです。給与の上限とは、一般的な生活ではあまり聞かないですし、そんな制度があったら反発は必至です。通常のビジネスであれば、個人の給与は市場価値で決まるもので、優秀で引く手あまたであれば高額報酬を得るのは当然のことです。何故プロスポーツでは、このような制度が存在するのでしょうか。

 プロスポーツを観戦するとき、毎回、ものすごく強いチームと、ものすごく弱いチームとが試合をするとしたらどうでしょうか。 「今日は勝てるかもしれない」「今年は自分の応援するチームが優勝するかもしれない」と期待を込めて観続けるのは、よほど熱心なファンや番狂わせが好きな人でない限り、難しいと思います。プロスポーツにおいて、「どっちが勝つか分からない」という要素は非常に大事で、その状態を維持することはプロスポーツリーグの仕事の一つです。スポーツビジネスの専門用語でこのことを「戦力均衡」とも言うのですが、サラリーキャップは、まさしくこの戦力均衡化の工夫なのです。


各球団の
差をなくすため

 ニューヨークにあるチームと、人口が少なく、企業の数も少ない地方のチームを例にとって考えてみましょう。このように地域による差が存在するとき、リーグとして特に何もしなければ、当然ニューヨークの方が人口が多く、ファンも多いのでチケットを多く販売できます。また企業の数が多くスポンサー企業も探しやすいため、チームの力は、チームが本拠地とする都市の経済力の差の影響をもろに受けてしまうことになります。収入の多いニューヨークのチームの方がより大枚をはたいて優秀な選手を多く抱えることができ、大都市のチームにお金も選手も人気も集中してしまいます。

 その顕著な失敗例が1970~80年代に、「サッカーの王様」ペレや、「皇帝」と言われたフランツ・ベッケンバウワーなどの世界的なスター選手を集め、北米サッカーリーグでだんとつの人気を誇ったニューヨーク・コスモスでした(現在のチームは2010年に、名称使用権を獲得し設立した別経営の球団)。このときにはサラリーキャップがなく、資金力があったコスモスだけが人気選手を買い漁り、リーグに所属する他のチームはついていくことができず、次々に倒産してしまいました。結果、チームが不足し北米リーグ自体が1984年に倒産。リーグが消失すると、どんなスーパースター軍団でも試合をする場がなくなり、一緒に倒産をしたのです。

 この例からも分かるようにプロスポーツは試合をしてなんぼの世界ですから、チームにリーグは必要であり、リーグにチームは必要な存在なわけです。この関係を維持するためには都市の経済力の差や、オーナー企業の差を極力減らす方策が必要であり、各チームに所属する全選手の年俸にいくらまで使ってよいというキャップや、選手一人当たりいくらまで給料を払ってよいというキャップが必要となるのです。私自身が現在スカウト補佐を務めるメジャーリーグサッカー(MLS)では、「皆同じ車に乗って競争させないと本当に腕の良いクラブ経営者やGMは分からない。初めからスーパーカーと、おんぼろの車を競争させても面白くはない」と言われています。
 

リーグと選手は
パートナー

 選手の年俸をコストと考えた場合(投資と考える場合も多いですが)、売上に対してコストがそれを上回ることは普通ないと思います。MLSでもチームの事業や売上が拡大することでサラリーキャップの額も引き上げられてきました。MLSではビジネス的見地から、「選手もリーグ経営のビジネスパートナーである。選手だけお金を欲しいだけもらってリーグやチームが倒産するようではいけないし、リーグやチームが儲かった際には選手にもそれを還元するべきだ」と言わます。ただし、選手の現役期間は一般的な仕事に比べ非常に短いですが、リーグの拡張は長期的なものですから、選手は現役の間に稼げるだけ稼ぎたいという意向があるのも事実です。

 ESPNの調査によればMLSの2016年度の平均年俸は約31・6万ドルといわれ、前年度からは8・5%上昇しています。この値を欧州リーグと比較すると低いという声もありますが、かの地とは経営規模も違います。さらにサラリーキャップ制度がなく、億万長者たちが獲得したい選手に好きなだけ給料を払うといった違いもあります。

 スポーツビジネス発祥の地といわれるアメリカでは、サラリーキャップはスポーツに投資する、また将来の発展を期待できるビジネスとして成り立たせていくための当然の工夫なのです。

リーグ、チームを存続させるために作られたのがサラリーキャップ制度。スポーツビジネス先進国のアメリカならではの制度

中村武彦

中村武彦
マサチューセッツ大学アマースト校スポーツマネジメント修士取得、2004年、MLS国際部入社。08年アジア市場総責任者就任、パンパシフィック選手権設立。09年FCバルセロナ国際部ディレクター就任。ISDE法科大学院国際スポーツ法修了。FIFAマッチエージェント。リードオフ・スポーツ・マーケティングGMを経て、15年ブルー・ユナイテッド社創設。

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