2018/10/12発行 ジャピオン988号掲載記事

共感マーケティング

第197回 初心忘れるべからず

能を体系化した世阿弥は含蓄ある言葉を残しています。その一つが「初心忘るべからず」。初心というと、一般的には「始めたときの初々しい気持ち」という捉え方がされています。

「初心」の下の句が自動的に「返る」になるほど。しかし、世阿弥の真意は違います。初の漢字は衣に刀。真新しいの衣に太刀を入れる緊張感はすごいものがあります。失敗したらムダになる。

この仕事も長い。経験も積んだ。まあ、このまま特にミスもなくやり過ごせばいいだろう…。ベテランほど、つい、こんな思いになります。しかし、環境は刻一刻と変化している。お客さまも、社会も。とどまっていたら、それは命取りになる。

初心とは、「昨日の自分をコピーするな。超えていけ」という意味なのです。「初」は英訳が難しい。「first」とは違います。「first」は「初め」「オープニング」「オリジナル」といった意味で、あえて訳すなら「innovative」です。つまり、初心とは、「innovative mind」。

イノベーションの連続
能は650年の歴史がありますが、苦難と、それを乗り越えるイノベーションの連続だったようです。「老舗は変化の達人」をまさに地で行っています。安田登さんによれば、大きく四つあったそうです(『能』新潮新書)。

第一が、太閤秀吉の時。能好き、派手好きな秀吉は「そんな普通の着物みたいなもんでやってんと、もっと派手な装束にしろ!」。装束は動きに直結します。とはいえ、断るわけにはいきません。当然、演技も変えざるを得なかったことでしょう。

第二が、江戸時代初期。綱吉から吉宗の時代に、それまでの演技の速度を2倍スローにせよ、との命令があった。能は幕府お墨付きの芸能だったのですが、命令には逆らえない。

第三が、明治維新。それまで武家がスポンサーだったのが、維新で後ろ盾をなくしてしまった。「能を生き延びさせる!」と岩倉具視が旗振り役で華族中心の会員制コミュニティー能楽社を作りました。これが能の経済的基盤となりました。それまで能は野外で公演していましたが、能楽堂を作りました。

第四が、戦後。華族という身分がなくなり、またもや有力なスポンサーを失います。そこで、収入を入場料で得るというビジネスモデルの転換をせざるを得なかった。

このように、次々に初心、イノベーションを繰り返してきたからこそ、能は長寿ブランドになったのです。

住する所なきを
世阿弥は「住する所なきを、まづ花と知るべし」とも言ってます。「花」とは、「お客さまの心をつかむとんがり」と理解しています。珍しいもの、新しいものこそが花である。だから、「住する所」つまり、安住する、これでいいと思うことをやめなさい。

いつも新しいアプローチ、アイデアを盛り込んでいこうと。世阿弥が現代に生きていたら、きっとAR(拡張現実)やMR(複合現実)を取り入れたに違いないと思います。観客がスマホアプリを使ったり、専用ゴーグルを装着したりして能の世界に「入り込む」体験。もともと能は人気小説のビジュアル化で人気を博しました。「平家物語」「源氏物語」「伊勢物語」など小説の名場面集みたいなものです。

自分の仕事の「花」は何か。そして日々新しいことを仕掛けているだろうか。どんな職業であれ、常に心掛けておかねばならない姿勢だと思います。昨日の自分を超えるイノベーションを繰り返す。初心忘るべからずを手帳に書きとめておきましょう。

阪本啓一

今週の教訓
昨日の自分を超えましょう

阪本啓一
■ブランディング・コンサルタント。大阪大学人間科学部卒業後、旭化成入社。2000年に独立し渡米、ニューヨークでコンサルティング会社を設立。06年、株式会社JOYWOW創業、現在取締役会長。地球と人をリスペクトする、サステナビリティ経営の実現に取り組む。『共感企業 ビジネス2.0ビジョン』『ゆるみ力』などの著書・訳書、講演活動も多数。
www.kei-sakamoto.jp
電子メディア開店! www.orange-media.jp

阪本が選ぶ 読めば分かるこの一冊

わたしの「不幸」がひとつ欠けたとして

心が笑っていないのに笑うのはさみしい。でも心が笑っているのに顔が笑ってないのもつらい(本文から引用)

高橋メアリージュンさん、ドラマ「サバイバルウェディング」で見て、「この人、いい人だろうなあ」と思ってました。本書を読み「いい人はもちろんだけど、それより何より深い人」だと知りました。

中学1年の時、家業が倒産、裕福だった生活が一転。以来、彼女の人生は「お金と人生、家族」が重要なテーマになります。今も親の抱えた借金を返済し続けている由。給与は親に振り込まれ、それから必要なお小遣いをもらう生活。

そして、潰瘍性大腸炎を病み、完治したら今度は子宮頸(けい)がん(こちらも完治)。七転び八起きの人生があればこその深みだと知りました。キラキラ輝く裏には影がある。「人生は砂時計のようなもの」という表現、膝を打ちました。貴重な時間、やりたくない仕事、やめちゃいましょう。

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