2017/02/10発行 ジャピオン902号掲載記事

共感マーケティング

第117回 何もしない価値

 志摩観光ホテルに滞在してきました。

 商売は、「何かする」ことが重視されます。戦略も実行されて初めて成果を期待できるから当然のことです。ただ、戦略を立案することは実はそう難しいことではありません。

 戦略を阻むのは、実行です。道頓堀ホテルの橋本明元専務は、「戦略立案よりむしろ、難しく時間のかかるのは社風づくりです」とおっしゃっていました。

やり方とあり方は両輪 

 道頓堀ホテルは海外からの旅行者、いわゆるインバウンド需要が高まるはるか前から、顧客ターゲットを東アジア(台湾、香港、韓国など)の20代の女性客に絞り込むことで常時稼働率95%以上を誇る好業績です。では、なぜ社風が大事か。

 有効な戦略は、他社がやっていないことや業界常識に反する行動をとる必要があります。それらは往々にして面倒くさい。道頓堀ホテルでいうなら、各国通貨(ドル、人民元、台湾ドル、ウォン、ベトナムドンなど)の両替を無料でやります、という戦略にゲストが反対することはなく、反対は従業員から出ます。理由は「やったことがない」「手間がかかって面倒」というものです。

 他社や業界がやらないには理由がある。その理由を乗り越えるためには、意識が一致していないと実行に移されないのです。意識は社風が作ります。一見面倒くさいことだけど、でもやろう、会社のためになるなら、という社風が全員に浸透しているかどうか。その意味で戦略と社風は両輪といえます。やり方とあり方、どちらも必要なんですね。

余計なことはしない 
 
 志摩観光ホテルは近鉄電車志摩線終着駅賢島にあります。賢島は、以前勤務していた会社の保養所があったりしてなじみが深いのですが、名前の通り「『island』の島」だとは寡聞にして知りませんでした。

 対岸とは10メートル程度しか離れておらず、かつて引き潮の折に歩いて渡っていたことから、「御徒町(おかちまち)」の「かち」つまり徒歩で越える島、「かちこえしま」転じてかしこ島、と呼ばれるようになった由です。

 ホテルは昭和26(1951)年4月3日開業、昭和天皇が行幸されたり、山崎豊子「華麗なる一族」の舞台になったり数々の歴史を刻んできました。山崎豊子先生はお気に入りの部屋があり、先生が到着されると、専用の執筆机をホテルが用意した由で、その机は現在、陳列されています。2008年ベイスイート開業、16年ザ・クラシック改装オープン、同年6月伊勢志摩サミット開催。今回、ザ・クラシックに滞在しました。

 何とも心地良いのです。ゲストラウンジにはドリンクバーがあり、ソフトドリンクはもちろん、ワイン、ビールなど飲み放題。読書室、音楽室、ジムも併設されています。大事なのはそれらハードではなく、出会うスタッフ全てが気持ち良いのです。「何かしてくれる」のではなく、「ただ、そばにいてくれる」。

 ことサービスについては「うるさがた」の私ですが、この私が一ミリの文句もつけようがありませんでした。「何もしないことの素晴らしさに初めて気づきました。美しい英虞湾の自然に恵まれたロケーションもあります。しかし、「私たちは志摩観光ホテルを具現化しているのだ」というプライドや矜持がホテルスタッフの無意識レベルにまで浸透しているのでしょう。

 夜は人口光の遮ることのない星空観察会。冬の美しい星座カシオペアやオリオン座と、久しぶりに再会しました。何もしないのに、心地いい。経営の目指す本来の姿がここにあると思いました。

阪本啓一

今週の教訓
本来の姿です

阪本啓一
■ブランディング・コンサルタント。大阪大学人間科学部卒業後、旭化成入社。2000年に独立し渡米、ニューヨークでコンサルティング会社を設立。06年、株式会社JOYWOW創業、現在取締役会長。地球と人をリスペクトする、サステナビリティ経営の実現に取り組む。『共感企業 ビジネス2.0ビジョン』『ゆるみ力』などの著書・訳書、講演活動も多数。
www.kei-sakamoto.jp
電子メディア開店! www.orange-media.jp

阪本が選ぶ 読めば分かるこの一冊

動的平衡

「生きている」とは「動的平衡」によって「エントロピー増大の法則」と折り合いをつけているということである。(本文から引用)

 商売するにあたり、私が座右の銘にしている言葉は「諸行無常」です。栄えるものもいつかは滅びる。滅びゆくものもいつかはまた生まれ出る。

 生命現象は「動的な分子の平衡状態」であり、全ての生体分子は常に「合成」と「分解」の流れの中にある。特別な分子でも、遅かれ早かれ「分解」と「更新」の対象となる。これはまさに商売と同じ。だから虚しい、ではなく、だからこそ、瞬間のスパークに集中する。全力を傾ける。

 本書で、生物学的にも、時間は「現在」しかなく、過去も未来もないことがわかります。経営もいまここの瞬間にある。目の前のお客様に集中し、目の前の課題に全神経を注ぐ。経営理論はエントロピー増大を防ごうという目論見がありますが、それはあくまで暫定的なものでしかない。

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