2016/09/09発行 ジャピオン881号掲載記事

共感マーケティング

第97回 攻めれば勝ち

 Tさん(女性)は自宅の一室をサロンに改装し、マッサージの仕事をしています。あるとき、まつ毛エクステをやってみたくなり、知人に相談したところ、散髪屋を紹介されました。住所が出身中学の近くで、行ってみると、果たして店主Dさんは中学の後輩の男性でした。

 お互い中年になっていますが、互いに知ってる先生の話題で盛り上がりました。男性客が対象の散髪屋がどうして女性のまつ毛エクステをやるようになったのか聞いてみました。

 「男性のヘアカット市場は、QBハウスをはじめ価格破壊が進み、客離れが進んでしまって、うま味が少なくなってしまった。そこで習慣となるため、リピートが見込めるまつ毛エクステを始めた」のだそうです。Tさんがマッサージしているのを聞いたDさんは、「うちの2階が空いてるから、そこでマッサージやってよ!」と言います。確かに日本ではヘアカットが終わった後、なぜか簡単な肩もみをする習慣があります(いつ頃からこの習慣が始まったのか不明です)。その簡単な肩もみで満足できないお客さんに、「本格的なマッサージは2階で受けられるよ!」と言うから、とのことですが、Tさんのライフスタイルでは、その店の2階に常駐できないためお断りしました。すると、「じゃ、2階がだめなら、Tさんのサロンに行くよう紹介するよ!」。Tさんは、午後はたいてい施術予約が入っているため、午前しかダメと伝えると、「分かった!じゃ、午前しか受け付けてないって条件で言うよ!」。

 それから続々と予約が入り、この秋は満員御礼になってしまいました。Tさんが謝礼の印にせめてバックマージンを支払いたい旨をDさんに申し出ると、「あそこの店に行くと有益な情報が手に入る!」というお客さんの評判が得られるわけで、だからマージンなんてまったくお気遣い不要、と返されました。

 この話を振り返ってみましょう。もともとTさんは自分のまつ毛エクステのために散髪屋Dさんを訪問しました。そこで自分はマッサージをやっていると話したら散髪屋のお客さんを紹介してくれるようになった。集客も宣伝も一切していません。

 「本来、わたしたちは客の立場に立ったとき、マーケティングなど、やられたくない」とマーケティングコンサルタントでありながら、常々私は言っているのですが、それを地でいく内容です。私もファン客の一人ですが、Tさんの施術スキルは素晴らしく、「ゴッドハンド」の異名を持つほどのクオリティーを提供していることも見逃せません。

 Tさんは自分でこう言っていました。

 「何か売りたければ、自分がまず客にならないといけないとあらためて思い知りました。また、むやみにチラシをまくより、たった一人(Dさん)にフォーカスするだけで広がったのが理想的な展開でした」

 私はもう一つ、この事例から学びました。それはDさんが縮小しつつある男性理容市場にしがみつくのではなく、まったく違うジャンル「まつ毛エクステ」に進出したことです。

 ヘアカットの技術は、技術向上が顧客獲得になかなか結び付きにくい。「もっと腕を上げて、客を増やす」戦略は時間がかかるし、仮に技術が現在の2倍高まったとしても、可視化しづらいし、それが顧客に理解され共感されるとは限らない。言ってみれば時間とエネルギーをかけてのギャンブルです。それよりはっきりと旧来の顧客とは違う層、女性客を呼び込めるし、まつ毛エクステはリピートが確実にある。経営者として、パンチの効いた選択だと考えます。

 TさんDさんとも「攻めれば勝ち」を教えてくれました。

阪本啓一

今週の教訓
客が欲しければ、客になりましょう

阪本啓一
■ブランディング・コンサルタント。大阪大学人間科学部卒業後、旭化成入社。2000年に独立し渡米、ニューヨークでコンサルティング会社を設立。06年、株式会社JOYWOW創業、現在取締役会長。地球と人をリスペクトする、サステナビリティ経営の実現に取り組む。『共感企業 ビジネス2.0ビジョン』『ゆるみ力』などの著書・訳書、講演活動も多数。
www.kei-sakamoto.jp
電子メディア開店! www.orange-media.jp

阪本が選ぶ 読めば分かるこの一冊

レック・ディス・ジャーナル

舌ペインティングのページ 1. カラフルなキャンディをなめる 2. このページをなめる (本文より引用)

 蔦屋書店を「体験」して帰ってきた3人の若い女性がそろってこの本を買って興奮していました。私のクライアント社員です。

 待ち合わせ場所にやってきた彼女たちは「こんなに面白そうな本、初めて!」と頬を紅潮させています。

 こういう、検索では出てこない紙の本と巡り会えるのはリアルな書店だからこその出会い、蔦屋体験のおかげです。さて、本書は読む本ではなく、破壊する本です。「ページを線にそってビリビリに破れ」「このページを鉛筆のドラムスティックでたたけ」「このページをご近所さんの庭に隠せ」「このページを下にして、ながーい廊下でスルスルすべらせよう」…。インスタグラムを見ると、世界中からの写真が投稿されています。まさにSNSで人類が新たに生み出した顧客参加型市場を目の当たりにできます。

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