2016/08/05発行 ジャピオン876号掲載記事

共感マーケティング

第92回 困難は彩り

 ニューヨークで独立して17年。起業とは空中にある目に見えないATMから現金を引き出すために創意工夫することです。そして、現金を引き出すキャッシュカードが、「気づく力」です。知識も大事、頭の良さももちろん大事ですが、何より気づく力がなければビジネスチャンスを発見することができません。

 旭化成建材部門で19年サラリーマンをやったあと、まったく畑違いの経営コンサルティングの世界に飛び込むにあたり、私が武器にしたのは「気づく力」でした。

 お金もなく、コネもなく、著名ブランド企業(たとえばスターバックスとかアップルとか)出身という後押ししてくれる看板もなく、MBAのような立派な学歴があるわけでもなし、頼りにできるのは唯一、気づく力だけだったのです。

 デジャブという言葉があります。既視感と訳されますが、初めて来た場所なのに、以前来たことがある気がする、などという経験をしたことがあると思います。デジャブを逆にしたブジャデという造語があって、日常見慣れたものに、従来とはまったく違うものの見方の光を当てることで、新しい発見をすることです。このブジャデを可能にするセンスが「気づく力」。気づく力はチャンスを発見するのみならず、困難な場面に当たったときにも力を発揮します。

 経営の現場は絶えず、意味を実現するなんらかの可能性を提供してくれます。とはいえ、順風満帆とはいかないのが経営の面白いところ。すいすい何の問題もなく進む事業なんて、面白くもなんともありません。

 昨日、私の主宰する勉強会メンバーT社長が会場に現れました。一目見ただけで、「あ、何か大変なことが起こったな」という顔色をしています。そこで開口一番「何かあった?」と投げたところ、今朝ここに来る直前に受注・出荷担当のベテラン社員から、会社を辞めたいと言われたとのこと。T社長はネットショップをしているので、受注・出荷は肝となる重要な業務です。

 私は「良かったやん。仕事の流れをまっさらの目で見直すいいチャンスをもらったと思えば」と言いました。T社長は言います。「確かにそうかもしれません。この冬、ウェブ担当者が辞めたあと、補充で入ってくれた若い担当者が新しいセンスでウェブサイトを作り直してくれ、結果、受注が伸びました。受注・出荷という業務はうちにとって必要不可欠だけど、でも、顧客への提供価値の観点から見れば、コア(中核)とは言えません。これをきっかけに、アウトソーシングの可能性も含め、一から検討し直してみます。彼が辞めるのは2カ月先ですから、それまでに手は打てますから」。この、私のアドバイスも気づく力であり、T社長が旧来業務をゼロベースで見直すというのはブジャデなのです。

 そう思えば、経営していて次々襲いかかる困難は、気づいてブジャデする良い機会を与えてくれる「良いこと」なのです。

 同じく勉強会メンバーのK社長の話。何千万も借金して、大きな設備投資をした直後リーマンショックが起こった。売上が激減して、「もうこれでオレ、終わりかもしれない」と思ったそうです。途方に暮れていたところ、奥さんが「沖縄、行こう!」。ちなみにK社長の会社は福井県にあります。「オキナワ? こんな状況でどうして?」「いいから行こう」観念して行った。海を見ているうち、「オレの悩みなんて、ちっぽけなんだ」と悩みが、す————っと消えていったそうです。「いまとなってはいい思い出話です」。K社長は爽やかな笑顔で話してくれました。

 困難は経営の彩り。経験となって経営に深みを与えてくれます。

阪本啓一

今週の教訓
逆風歓迎!

阪本啓一
■ブランディング・コンサルタント。大阪大学人間科学部卒業後、旭化成入社。2000年に独立し渡米、ニューヨークでコンサルティング会社を設立。06年、株式会社JOYWOW創業、現在取締役会長。地球と人をリスペクトする、サステナビリティ経営の実現に取り組む。『共感企業 ビジネス2.0ビジョン』『ゆるみ力』などの著書・訳書、講演活動も多数。
www.kei-sakamoto.jp
電子メディア開店! www.orange-media.jp

阪本が選ぶ 読めば分かるこの一冊

それでも人生にイエスと言う

人間はあらゆることにもかかわらず----困窮と死にもかかわらず、身体的心理的な病気の苦悩にもかかわらず、また強制収容所の運命の下にあったとしても----人生にイエスと言うことができるのです。(本書より引用)

 著者フランクルは実存分析(ロゴテラピー)の創始者として、また、「夜と霧」の著者として著名な精神科医、心理学者です。フロイト、アドラーに師事しました。1944年ナチスに強制収容所へ送り込まれました。父母、そして結婚わずか9カ月目の奥さまも、残念なことに収容所で死亡してしまいます。フランクルは45年4月、アメリカ軍により解放。ロゴテラピーはそのような悲惨な経験の結果生まれたわけではなく、すでに完成していたものを、収容所での人間観察がその正しさを裏づけしてくれたといいます。

 本書は解放された翌年ウィーンの市民大学で行われた三つの連続講演が基になっています。苦悩、困難、死、人生の意味などについて、これほど豊かな考察をわたしは知りません。感激のあまりドイツ語原書も取り寄せたほどです。

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