2016/06/03発行 ジャピオン867号掲載記事

共感マーケティング

第84回 守らない

 彼女は、幼少時育ったイギリスで暮らしたいと思い、ワーキングホリデーに応募したのですが落選、年齢上限ぎりぎりのため、妥協して滞在地をオーストラリアに変更しました。ただ、現地でお金の苦労はしたくないので、この1年、日本で派遣の仕事しながら貯金すると言います。派遣の仕事はきつく、面白くないと顔を曇らせる彼女に、私は、「なぜ、明日、ロンドンへ飛ばないの?」と質問しました。「なぜシドニーなの?ワーホリでなければならない理由って、ないよね」「日本でお金のためだけに嫌な仕事を続けるならロンドンでお金稼げばいいやん」

 今年31歳、娘ほど年下の彼女はそれらの問いに対して、あーでもないこーでもないと反論します。最後、私はこう言いました。「人生、残り時間がたくさんあると思ってない?人の人生の終わりは、誰にとっても平等だよ。いま98歳の人と、今日生まれた赤ん坊も平等。人間、死ぬときは死んでしまう」。これを聞いた彼女の顔色がサッと変わりました。その夜、お礼のメッセージに「ロンドン行きのチケット検索します」とありました。残り人生の時間を意識することで彼女の本気に火がついたようです。実は彼女、現在の「派遣の仕事をしながらワーホリを目指す」生活を無意識の中で守ろうとしていた。その目を覚ましたのは人生のタイムリミットでした。

 人間、守ろうとすると醜態をさらしてしまいます。政治家のスキャンダル記者会見で見苦しいのは「守っている」からです。いま手にしている特権やら名声やらを守ろうとするから嘘をついてしまう。

 人生につきものの別れ。大切な家族やペットとの別れは特につらいもの。なぜ悲しく、つらいかというと、昨日までの生活が「続かない」「変わる」からです。家族やペットと自分の間にあった関係の絆を失ってしまう。それを「守りたいのに、失った」喪失感が、悲しみを増幅させます。

 経営者はみんな会社や店を長続きさせたいと願います。「できれば、このオレの立ち上げた会社、100年続くといいな。その頃にはオレはいないけど」。でも会社が続くか、続かないかは、ミもフタもない言い方をすれば、運次第です(笑)。会社は自然、経済、そして政治環境の中で生かされていて、その永続性を人間は完全にコントロールできません。つまり、守ろうとしても守れないのです。何か経営上のミスがあり、社会に露見したとします。例えば何かの数値を偽装したとか。それを守ろうとするから姑息(こそく)なごまかしをしなければならないのです。

 京都でたまたまランチに入ったラーメン店。体育会系のラーメン店が多い中、珍しく「意識高い系」の店で、麹を使ったどーのこーのという店でした。食べてみましたが、二度目はないな、というのが正直なところ。やはりラーメンは体育会系でなければ(笑)。お金を支払うとき、レジ横にある貼り紙で、何とその2日後に閉店することが分かりました。レジの女性によれば、経営者が「これは違う」と思ったらしく、1年も経っていないのに閉店を決断したといいます。その話を聞いて、偉い経営者だな、と思いました。経営は仮説と検証です。やってみて、「違う」と思ったら、たとえ営業したのがたった1日であったとしても、辞めてしまうのが正解。ずるずる引きずって傷口を広げるより。人生は短い。今日が人生最後の日にならないとも限らない。だとすれば、瞬間瞬間、意思決定が変わっても構わない。これを「瞬間の経営」と呼んでいます。その基本思想が、「守らない」姿勢。守らず、いつも変化し、新しいことに挑戦し続けましょう。老舗も、この思考姿勢で変化し続けた結果、100年、200年持続するのれんを築けたのです。

阪本啓一

今週の教訓
悩みは、守りから生まれます

阪本啓一
■ブランディング・コンサルタント。大阪大学人間科学部卒業後、旭化成入社。2000年に独立し渡米、ニューヨークでコンサルティング会社を設立。06年、株式会社JOYWOW創業、現在取締役会長。地球と人をリスペクトする、サステナビリティ経営の実現に取り組む。『共感企業 ビジネス2.0ビジョン』『ゆるみ力』などの著書・訳書、講演活動も多数。
www.kei-sakamoto.jp
電子メディア開店! www.orange-media.jp

阪本が選ぶ 読めば分かるこの一冊

たった一人の熱狂

圧倒的努力で得た結果も、一度ゼロに戻す。ゼロの地平から原石を探さなければ、次なる成長軌道は描けないのだ。 (本文より引用)

 いやー。熱い。熱い。本を持つ手のひらから湯気が立ち上りそう。見城さんは角川の編集者時代、つかこうへいの日記によく登場していて、以来注目していました。角川春樹社長(当時)逮捕に伴い退社、幻冬舎を立ち上げたのがつい昨日のことのように思っていたら、20年経っているんですね。

 本書は見城さんが耳元で熱く語り掛けてくれるような構成で、仕事にのめりこみ、熱く闘い、強烈に成果にこだわる仕事人としてのあり方を学べます。石原慎太郎に初めて会いに行った時には「太陽の季節」「処刑の部屋」を全文暗唱できるよう準備した。石原さんの前で暗唱を始めたとき、「わかった。もういい。お前とは仕事をするよ」と言ったそうです。弱っているとき、自分に自信を持てないとき、これからも何度もページをめくると思います。

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