2016/03/11発行 ジャピオン855号掲載記事

共感マーケティング

第73回 美しい経営

何か勘違いしている

 「あ、そこから先は他のお客さまがいらっしゃいますので行かないでください」

 刺すような言葉が飛んできて、思わず足を止めました。

 港の埠頭(ふとう)にあるレストランZ。総ガラス張りの窓からは、海と対岸のビル群を見渡すことができて絶景です。私は、会社のパーティー会場の候補として下見に来ていたのです。広さを測るために、歩数を数えながら歩いていたそのとき、先の言葉が飛んできたのでした。一番奥、おそらく店ではベストな席なのでしょう、確かに1組、お客さんがいます。それは店内に入ったときから認識していました。私も良識ある大人です。黙って歩いていくことが、問題なのでしょうか。店に入って約1分。この時点で、候補から外そうと決めました。

 思えばドアを開けたときから好ましくない空気は漂っていたのです。窓口になったスタッフは「○○は別途料金になります(例えば、ステージや音響機器など)」「2時間とさせていただいてます」など、「制限条件」のことしか言いません。料金は2時間100万円。通常の商取引であれば、100万円といえば大きな話のはずが、彼はむしろ「迷惑」そうな感じを漂わせていました。

 この店の売りが港の絶景だけであることを、彼は何か勘違いしているようです。

 もう1軒のレストランSを訪ねました。そこは著名歌手Yさんが贔屓(ひいき)にしているという点で有名らしいです。「いらっしゃいませ」とフロアスタッフが笑顔で迎えてくれました。パーティーの話を切り出しました。「100人なんです」「あー。100人だと1階は無理ですね。2階に社長がいるから、社長に聞いてください」「直接行っていいんですか?」「そこが階段です」まるでこの店の採用面接に来たような惨めな気分になって2階へ行くとYさんそっくりの老女がいました。要件を言うと「あ、うち、土曜日はお貸ししていないんです」けんもほろろとはこのことです。

 この店は「歌手Yが贔屓にしている」だけが売りです。

 埠頭店Zにしても、Y贔屓店Sにしても、何か勘違いをしているようです。お金は儲(もう)かっているのかもしれません。でも、美しくない。

古いけど、美しい

 散々な思いをしてホテルに戻り、近所にある前から気になっていた中華料理店に入ってみました。店構えは古く、店内はお世辞にもきれいとはいえません。しかし、女主人の満面の笑顔と「お客さんが来てくれてうれしい!」という空気感がとてもいい。サンマーメンと半チャーハンを頼むと、「うちはギョーザ、おいしいよ!」そうか、ではまずビールとギョーザだね。やがて焼き上がったギョーザ、確かに絶品です。聞けば、創業60年といいます。さすがの老舗。あれこれ主人と話しながら、とても楽しい夕食になりました。これで2000円ちょっとです。先ほどまでの100万円の買い物と比較して、プライスレスな楽しい体験ができました。

 商売は美しい記憶をつくるものです。特に飲食は。人は味の記憶で幸せになれます。ZもSも、恵まれています。絶景とか著名人による贔屓とか。しかしそれは「外側」でしかありません。美しい記憶をつくる、という意識がないから、おそらく今後もそのままでしょう。Z、金曜日夕刻のあの時間にお客さんが1組だけだったことから実力のなさが分かります。

 美しい経営を、心掛けましょう。ひいてはお客さんの人生に、美しい記憶をつくりますから。

阪本啓一

今週の教訓
お金が儲かるだけでは
寂しいですよね

阪本啓一
■ブランディング・コンサルタント。大阪大学人間科学部卒業後、旭化成入社。2000年に独立し渡米、ニューヨークでコンサルティング会社を設立。06年、株式会社JOYWOW創業、現在取締役会長。地球と人をリスペクトする、サステナビリティ経営の実現に取り組む。『共感企業 ビジネス2.0ビジョン』『ゆるみ力』などの著書・訳書、講演活動も多数。
www.kei-sakamoto.jp
電子メディア開店! www.orange-media.jp

阪本が選ぶ 読めば分かるこの一冊

「 あきない世傳 金と銀 源流篇」

悪いことして、流れを乱す奴も居る。洪水もあれば渇水もある。けれど、真っ当な商人は、正直と信用とを道具に、穏やかな川の流れを作ってお客さんに品物を届ける。(本書より引用)

 ベストセラー『みをつくし料理帖』著者による新シリーズが始動しました。ものがさっぱり売れない江戸時代享保期、大阪天満にある呉服商へ奉公していたヒロインが、さて、どうなるのかという大河小説の第1巻です。予想はつきます。江戸・女性版成り上がり物語でしょう。予想がついても面白いのが高田郁の構想力と筆力。
 「暖簾というものは、単に屋号を染めた布ではない。弛まぬ精進により礎が築かれ、長きにわたって信用や信頼を寄せられるもの…言わば、その店の魂そのものだ。(中略)商家での学問は、暖簾のためのもの。五十鈴屋で学ぶ『商売往来』は、優れた商人を育てて五十鈴屋の暖簾を守るためのものなのだ」など、何度もかみしめたい言葉が散りばめられています。

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