2018/07/20発行 ジャピオン976号掲載記事

ハートに刺さるニュース解説

第79回 連邦最高裁判事の任命

連邦最高裁判事の退任
注目集める後任の任命

 米国人は、なぜこんなに連邦最高裁判事の人事に関心があるのか。教養のある人なら、判事9人全員の名前を知っているが、日本で最高裁判事の名前を覚えている人は、ごくわずかだろう。

 6月27日、現職アンソニー・ケネディ判事が退任を発表すると、近所のバーに若者が集まってきた。
 「なんてことだ。大統領選挙までの2年ぐらいどうして続投できないんだ!」

 さらに、ゲイの友人が、筆者にこう言った。

 「新しい判事が任命されたら、女性やゲイ、弱者の権利が危険にさらされる。外国の人は、そんな米国を嫌いにならないでいてくれるだろうか」


大統領の大切な仕事

 これだけ関心が高いのは、最高裁判事の任命の仕組みを知ると、よく分かる。

 最高裁判事の「指名」は、米大統領が行い、実は「米大統領の最も大切な仕事」とまで言われる。さらに、任命には、上院の単純過半数の承認が必要だ。通常は、大統領が政権の運営をしやすくする狙いで、政治色、つまり、保守かリベラルかということがはっきりした人物を指名する。当然、上院では野党が反対し、与党が賛成という構図だ。

 現在、定員9人で、判事の意見の多数派(多くは5人対4人)がその判断として示される。ところが最近の判断の政治色は、保守、リベラルがほぼ拮抗していた。なぜなら現在保守派判事が4人、リベラル派は4人で、退任するケネディ判事が中立だったからだ。トランプ大統領が保守的な人物を指名すると、一気に保守派が多数派になり、判断が保守寄りになる。これを多くの人が懸念すると同時に、保守派市民にとっては勝利となるため、注目の的になるわけだ。


カバノー氏指名の意味

 トランプ大統領は7月9日、ケネディ判事の後任として、ワシントンDC連邦巡回区控訴裁判所のブレット・カバノー判事を指名した。

 カバノー氏が承認されれば、妊娠中絶、アファーマティブ・アクション(少数派を優遇する差別是正措置)、さらに大統領権限の制限といった、米国で世論を二分している論争について、新たな展開、つまりリベラル派にとっては歓迎できない展開があるはずだ。

 当然、民主党上院議員は、否認するべく、非難の声を上げ始めた。民主党の重鎮、チャック・シューマー上院院内総務(ニューヨーク)は即時に声明を出した。

「カバノー氏を最高裁判事に指名することで、トランプ大統領は米国民が持つ妊娠・出産の権利や自由、ヘルスケアの保護を危機にさらした」

 上院での承認をめぐっては、二つの「攻防」がある。承認投票の時期と、票数をめぐる戦いだ。投票日を、11月の中間選挙後に設定した場合、民主党が上院で過半数を占める可能性があり、共和党は11月前に投票に持ち込みたい構えだ。また上院は現在、共和党51議席、民主党49議席だが、共和党の重鎮ジョン・マケイン議員が闘病中のため、実質50対49だ。ここで共和党から造反者が出て、民主党が全員反対に回った場合、カバノー氏は否認されることになる。共和党は、2人を超える造反者を出せない状況だ。


党派党則でない投票

 最高裁判事の人事がこれだけ有権者の関心を集めているだけに、議員は、単純な党派党則によって、票を投じない。有権者に監視されているためで、過去には極端な保守派、あるいは極端なリベラル派の人物が否認されたこともある。実際に、カバノー氏を個別面接した上院司法委のチャック・グラスリー委員長(共和、アイオワ)は、「優れた人物」とコメントしながらも、カバノー氏の経歴を精査しなければ結論は出ない、と言った。

 一方、カバノー氏はどんな人物か。ウォール・ストリート・ジャーナルによると、10年前にジョージ・W・ブッシュ大統領に指名され、ワシントンDC巡回区控訴裁判事に就任。「判事の仕事は法の解釈であり、法律や政策を作ることではない」という先達の言葉を信奉している。しかし、論文や判決は、規制当局を抑制し、銃規制に反対と、共和党の方針に合致している。

トランプ大統領が指名したカバノー氏が判事に就任すると、米連邦最高裁判所は判断傾向が保守に傾く可能性がある

津山恵子

津山恵子
■ジャーナリスト。「アエラ」などに、ニューヨーク発で、米社会、経済について執筆。フェイスブックCEO、マーク・ザッカーバーグ氏などに単独インタビュー。近著に「教育超格差大国アメリカ」(扶桑社)。2014年より長崎市平和特派員。元共同通信社記者。

今週の用語解説

米連邦最高裁判所

米国の最上級の裁判所。首席判事1人と陪席判事8人で構成される。判事は大統領が指名し、就任には連邦上院議会の助言と同意(上院の過半数の賛成)が必要。終身制で、死亡、あるいは自ら退任を表明するまで任務が保証される。現職はジョン・ロバーツ首席判事(63歳、任命=G・W・ブッシュ、判断傾向=保守、在任13年目)、クラレンス・トーマス判事(70歳、G・ブッシュ、保守、27年目)、ルース・ギンズバーグ判事(85歳、クリントン、リベラル、25年目)、スティーブン・ブライヤー判事(79歳、クリントン、リベラル、24年目)、サミュエル・アリート判事(68歳、G・W・ブッシュ、保守、13年目)、ソニア・ソトマイヨール判事(64歳、オバマ、リベラル、9年目)、エレナ・ケイガン判事(58歳、オバマ、リベラル、8年目)、ニール・ゴーサッチ判事(50歳、トランプ、保守、1年目)と、今回引退を表明したアンソニー・ケネディ判事(81歳、レーガン、中道、31年目)。ケネディ判事を含め、男性6人、女性3人で、判断傾向は保守4人、リベラル4人、中道1人。

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