2018/04/06発行 ジャピオン961号掲載記事

ハートに刺さるニュース解説

第72回 命のための行進

高校生の運動が拡大
公民権運動継ぐ動き

4月4日は、1960年代の公民権運動を導いたマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が殺害されて50周年を迎える。奇しくも、それ以来の大きな市民運動になる可能性を感じさせるのが、高校生の銃規制を訴える運動だ。

きっかけは、今年2月14日、フロリダ州パークランドのマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校で17人の生徒らが犠牲になった銃乱射事件だった。その直後に同校生徒がソーシャルメディアを通して呼び掛け、3月24日に行われた「マーチ・フォー・アワー・ライブス(命のための行進)」が、大きな広がりを見せている。

行動力と勇気が
支援を呼び込む

行進の狙いは、銃規制を政治家に訴え、参加者には銃規制を推進する政治家に投票することを促すことだ。

驚いたことに、ワシントンでの行進のために同校生徒が始めたクラウドファンディングでは、4万2000人から350万ドルが集まった。さらに俳優ジョージ・クルーニーらからの寄付金200万ドルが加わり、ワシントンでのステージや音響・スクリーン、仮設トイレに至るまで、高校生が注文して準備した。また、遠方からワシントンに来る高校生の旅費を支援するのにも使われた。

同時に、同校の生徒は、バスで10時間かけてフロリダ州都に向かい、州知事らに、対人殺傷用の銃器の禁止などを訴えた。友人を失った生徒らが、CNNなどテレビに積極的に出演し、そのビデオが全米の高校生の間でシェアされて、運動の広がりにつながっていった。

バス、行進の資金の調達など彼らの行動力には、真に驚かされる。しかも、ソーシャルメディアで、テレビ出演からわずか数時間後に「クライシス・アクター」(リベラル派の主張を訴えるための役者)だというフェイクニュースが流れる時代に、テレビに出演を続ける勇気には、頭が下がる。

しかし、公民権運動に先立って、同じようなことがあった。白人の高校だったアーカンソー州リトルロック・セントラル高校に入学しようとした9人の黒人高校生が、米陸軍の護衛を受けながら、通学したことだ。州兵が高校を閉鎖しており、無事入学を遂げた後もいじめや脅迫があり、常に身に危険があった時代だ。黒人高校生の「勇気」が、公民権運動につながった。

全米に広がる運動
選挙にも影響力

3月24日は、ワシントンで約50万人、ニューヨークで約5万人が行進に参加したとされ、全米で700カ所以上で行進や集会が行われた。キング牧師の孫娘ヨランダ・レネ・キング(9つ)が、ワシントンのステージに立ったのは、偶然ではないだろう。

「私たちは、銃のない世界を作る素晴らしい世代になる!」と叫び、そこにいた無数の高校生らがそれを復唱した。

ニューヨークの行進でも、高校生や市民のほとんどが、「#NeverAgain」といったプラカードや手製のTシャツなどを身に付けていたのには、驚いた。行進の熱気と感動、そしてその意義は、その後も数日間、報道された。

さらに、行進が終わってからも、全米の高校生らは、前に突き進んでいる。4月上旬は、議会が休会になるため、地元に戻った議員らに「タウンホール・フォー・アワー・ライブス」を4月7日に開くように訴えている。議員が地元の有権者に、さまざまな政策について答えるのは、当然のことだが、近年は集会が減っているという。しかし、今年は高校生の呼び掛けで、銃規制の強化に前向きな民主党議員らが中心に、150の下院選挙区で集会が開かれる見込みだ。

ワシントンやニューヨークの行進では、今年11月の中間選挙のための投票登録を受け付ける運動員が見掛けられた。今年新たに投票登録ができるようになる18歳の人口は、約400万人とされる。彼らが、そして選挙には無関心だった若い人々が、銃規制、マイノリティーや女性、LGBTQの権利などを主張し、投票所に向かうことで、中間選挙に大きな影響を与えそうだ。銃規制だけでなく、変化を引き起こすことができれば、まさに公民権運動に継ぐ流れに発展しそうだ。

ニューヨークでの銃規制を訴える行進の様子。参加者は、5万人となった

津山恵子

津山恵子
■ジャーナリスト。「アエラ」などに、ニューヨーク発で、米社会、経済について執筆。フェイスブックCEO、マーク・ザッカーバーグ氏などに単独インタビュー。近著に「教育超格差大国アメリカ」(扶桑社)。2014年より長崎市平和特派員。元共同通信社記者。

今週の用語解説

公民権運動

1955年、黒人女性、ローザ・パークスがバスの黒人専用の席を白人に譲らず、「人種分離法」違反で逮捕された事件を発端に、キング牧師がバスボイコットを呼び掛け、多数の市民が賛同。翌年、最高裁が「バス車内における人種分離」を違憲としたことで、個人の権利を保障した公民権の適用と人種差別解消を求める「公民権運動」が全国で盛んになった。63年8月には20万人が参加しワシントンDCでデモを行った。一連の運動は政治、社会を動かし、64年7月の連邦議会での公民権法成立に導いた。

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