2016/06/03発行 ジャピオン867号掲載記事

ハートに刺さるニュース解説

第28回 オバマ氏被爆地訪問への道のり

NY、プラハ、広島へ
オバマ氏の平和への思い

 「朝起きてすぐの子供たちの笑顔、伴侶とのキッチンテーブルを挟んだ優しい触れ合い、両親の優しい抱っこ、そういった素晴らしい瞬間が71年前のこの場所にもあった」

 そう言うと、オバマ大統領は、涙をこらえるかのように、うつむいて口を一文字に結んだ。隣に立っていた安倍晋三首相が、驚いたのか、気遣うように、ちらっと大統領を見やった。

 その場面を見て、私は「あ、オバマ大統領は、広島、長崎のあの日に入り込んだ」と思い、涙がこみ上げた。

 「亡くなった人々は、私たちと同じ人間だったのです」と言いオバマ氏は顔を上げた。

 「もはやこれ以上、私たちは戦争を望んではいない。科学をもっと、人生を充実させることに使ってほしいと考えています」

学生時代から一貫
核弾頭廃絶を訴え

 広島を現職の米大統領として初めて、オバマ氏が訪問したその日。歴史的な演説になる予感はしていたが、彼はそれを成し遂げた。

  5月27日、それは彼が「核兵器のない世界」に目を向け始めた学生のころから30年以上、大統領に就任してから7年の年月をかけた、平和のための長い「交響曲」の最終楽章だった。「涙が出てきた」という言葉を、ソーシャルメディアで多く見た。それは、オバマ氏の人間性、困難に立ち向かう勇気、そして、果敢に歴史を見詰め、プラスにしようとする大胆さを、彼が発した言葉の裏に感じさせたからだ。

 レーガン政権下、冷戦による核攻撃の恐怖が高まっていた1982年、全米各地に飛び火していた反核デモは、セントラルパークに100万人の市民を集め、クライマックスを迎えた。反核デモ、あるいは政治的なデモとしても、過去最大規模だ。翌83年、コロンビア大に在学していたオバマ氏は、校内雑誌に「戦争マインドを打ち破る」という記事を寄稿。「核兵器のない世界」のため、世界に何千発もあった核弾頭の廃絶を熱く訴えた。

 そして、2009年、「プラハ演説」で、オバマ氏は、核保有国として、核兵器を使用した唯一の国として、米国が主導し、世界の平和を追及していく姿勢を示した。具体的な核弾頭廃絶のプロセスを示し、ロシアとの交渉に臨んだ米大統領は初めてで、同年、ノーベル平和賞を受賞するきっかけになった。ニューヨークタイムズによると、コロンビア大で彼を教えた教授は23年前、オバマ氏が米大統領が取るべき交渉のプロセスについて同じ内容のリポートを書いたと証言している。

 「オバマ氏は、このことについて、長いこと考えていて、ホワイトハウスの側近が『これをやったらどうですか』などと言って、始めたものではない」(同教授)

 オバマ氏は、就任当初から、広島、長崎への訪問をホワイトハウスで検討していた。そのために、核弾頭削減のための交渉に入る「プラハ演説」を行った。ジョン・ルース前駐日米大使を、原爆投下の日の平和記念式典に初めて列席させ、後任のキャロライン・ケネディ大使にも踏襲させた。

 4月の主要7カ国(G7)外相会合の際、ジョン・ケリー国務長官が、広島の平和公園と広島平和記念資料館(原爆資料館)を訪問して、ホワイトハウスの中の「消極派」の懸念を払拭する道を開いた。

米国民の56%が
原爆投下は「正当」

 しかし、ホワイトハウスをクリアしても、国内に広島訪問に反対する声はある。民間調査機関ピュー・リサーチ・センターの昨年の調べによると、原爆投下を「正当」答えた米国民は56%、「不当」とした人は34%にとどまった。米大統領選の最中、オバマ氏を批判することが票につながる共和党やその候補、支持者たちも、今回の訪問を厳しい目で見ている。

 オバマ氏は、そのリスクを知りながら、平和公園に立ち、被爆者をハグした。私たちは、学生時代に育んだ夢と思想を現実のものに結び付けようとする真摯な人間を目撃した。

 「謝罪」うんぬんではなく、彼は「紛争を話し合いで解決しよう」と、2国間を超えた世界への呼び掛けを行った。最後はこうだ。

 「未来において広島と長崎は、核戦争の夜明けではなく、私たちの道義的な目覚めの地として知られることでしょう」

広島での演説の途中で、感極まったオバマ大統領(ホワイトハウスが公開した動画より)

津山恵子

津山恵子
■ジャーナリスト。「アエラ」などに、ニューヨーク発で、米社会、経済について執筆。フェイスブックCEO、マーク・ザッカーバーグ氏などに単独インタビュー。近著に「教育超格差大国アメリカ」(扶桑社)。2014年より長崎市平和特派員。元共同通信社記者。

今週の用語解説

核弾頭廃絶の現状

スウェーデンのストックホルム国際平和研究所の2015年版年鑑によると、核拡散防止条約(NTP)が核保有国と認める米露英仏中の5カ国にインド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮を加えた核弾頭数は計1万5850発。米国(7260発)は、ロシア(7500発)に次いで世界2位の核保有国。中国は前年に比べ10発増の260発。2015年、国連総会は日本が提出した核兵器廃絶決議を賛成156票で可決したが、韓国や米英仏、イランなど17カ国は棄権した。

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