2019/03/22発行 ジャピオン1011号掲載記事

ラーメンをすしに匹敵する食文化に 全米100店、この先勝負の10年

力の源ホールディングス 会長兼CEO/「一風堂」創業者 河原成美

少し前で言うところの“ちょいワル”な風貌、ラーメンに対する情熱と愛情は計り知れない。「一風堂」を創業した、力の源(もと)ホールディングスの河原成美会長(66)はラーメンをすしに匹敵する日本の食文化として広めるべく、海外展開を加速。米国は当面100店を目指し、ニューヨークに初進出した2008年から10年を経て「次の10年が勝負の年になる」と意気込む。

創業の地は福岡・博多。勤めていた会社を辞め、26歳で一念発起し、ほぼ未経験の飲食業界に身を転じた。1979年、最初に開いたのはレストランバー。狭いながらも、地元の企業広報など“イケてる”男女が集うお店としてにぎわった。河原さんの経営手腕に注目が集まった。

「昔から無類のラーメン好きだった」と九州男児の河原さんは、仕事終わりや夜遅くまで飲んだ後に、歓楽街・中洲のラーメン屋台で締めるというのがお決まりのコースだった。しかし、当時、若い男女が気軽に行ける、「きれいで、かっこいい」博多ラーメンのお店は少なかったという。「ないなら自分で作ろう。商機はあるはず」と見て、ハイカウンターで清潔、調理の様子がよく見えるスタイルの「博多 一風堂」を85年にオープン。従来のラーメン店のイメージを覆し、瞬く間に人気を呼んだ。さらに94年の「新横浜ラーメン博物館」への出店や人気テレビ番組への出演で、知名度は全国区に。店舗網を広げた。

その頃から「世界に一風堂を広める」との野心を燃やし、情報発信力のあるニューヨークへの進出を探り始めた。1998年に初めて訪れた際、街並み、公園、人々の活気、全てに鮮烈な印象を受け、すぐ惚れ込んだ。しかし2001年同時多発テロの影響もあり、初出店は08年となった。「“イケてる”ニューヨーカーに引っ掛かる何か」を提供すべく、一風堂の従来の概念にとらわれることなく、白紙から考えた。ウェイティングバーを設けるなど、およそ日本にはない店構えのラーメン店は客の心を捉えた。

17年には持ち株会社が東証マザーズに上場、25年をめどに日本と海外各300店の計600店を目指し、快進撃を続ける。ただ「自分は満足していない」と何も成功していないと断言。逆に失敗や苦労は数え切れないほど多いと言いつつ、「嫌なことはページを繰るように次々と忘れていく。これも一つの才能だと、最近は思う」と笑う。

仕事で世界中を飛び回る中、訪れる先々での街歩きとカフェ巡りが至福の時。一風堂の店まではあえて15分ほど歩く。「人間や自然が放つエネルギーの隙間を縫って歩く」感覚で、その土地の息吹を肌で感じ取るという。

19年は原点回帰の年だと河原さん。上場して丸2年、経営効率化に気を取られがちだったと反省の弁も。「1人のお客さんと1杯のラーメン、それが一風堂の原点です」

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河原成美(かわはら・しげみ)■福岡県出身。1979年、レストランバー「AFTER THE RAIN」を開店、85年に「博多 一風堂」を創業。94年、「新横浜ラーメン博物館」に出店。2008年に海外第1号店「IPPUDO NY」をイーストビレッジにオープン。17年、東証マザーズ上場。19年2月末現在、店舗数は国内外で計250超。米国では姉妹ブランド「KURO-OBI」も含め計11店。ippudo.com

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