2019/03/08発行 ジャピオン1009号掲載記事

悪戦苦闘、七転び八起きで挑戦続ける 数を追わず質追求

ハーバーハウス 副社長/ZAUO Inc. 社長 高橋拓也

「映画監督になりたかった」。大学時代の夢は先送りにし、兄の説得で飛び込んだ飲食業界。釣り船スタイルの居酒屋などを展開するハーバーハウスの高橋拓也副社長(40)は昨秋進出したニューヨークでの事業を担う。創業者である父親に教わった精神を胸に、「悪戦苦闘、七転び八起きしながら学び、成長していきたい」と話す。

物心付いた頃、デザイナーだった父が脱サラして立ち上げた飲食店ビジネスは当たっていた。海に面した先祖代々の土地で創業し、徐々に業態を広げた。店内にあるいけすで客が釣った魚を調理、提供する「釣船茶屋ざうお」がヒット、業績も店舗数も右肩上がりで伸びた。

高橋さんは家業を継ぐよう求められたが「20歳かそこらで親の敷いたレールに乗りたくない」と反発。家出して地元仲間と夜な夜な酒盛りする生活を送った。「お山の大将みたいだった」と若気の至りを苦々しく振り返る。

ある日、悪ふざけが過ぎて家族に迷惑を掛ける事態となった。ひどく落ち込んでいると、既に父の片腕として会社を手伝っていた兄・和久さんが心配して訪ねてきた。「明日帰ってこい。一緒に親父に謝ってやるから」。多くを語らなかったが、そんな兄の存在がありがたく、翌日には実家に戻った。借りができたと感じ、恩返しをするまでは働こうと決め、飲食業の道へ踏み出した。

父からまず「何がやりたいか」尋ねられた。海辺で「バーがやりたい」と言えば「よし、やってみろ。自分の信念で、責任を持ってやれ」と任せてくれた。自身で内装をこしらえたバーの運営は楽しく、のめり込んでいった。2005年に高橋さんは副社長になった。父の精神を受け継ぎつつ、兄と二人三脚で会社を成長させてきた。

ニューヨーク出店も兄と2人、「フィーリング」で決めた。当初、釣り船スタイルにこだわっていなかったが、フィーリングが行き着く先はそこだった。米国になじみのない業態で当たるか分からない中、アイデアだけはどんどん膨らんだ。たぎる思いをよそに、取引先など周囲は「こいつら何言ってんの?」と冷ややかな否定的反応だった。しかし「まず肯定から入る」というのも同社の信条で、「できない」をつぶしていった。視察から開店まで7年、満を持してオープンした店は大きな反響を呼んだ。

2月から日曜も営業することにし、「これで休日は無くなった」と高橋さんは苦笑い。多忙な合間のレストラン巡りが半分趣味で半分仕事。「グラマシータバーン」が「最高のホスピタリティー」と一番のお気に入りだ。

「『ざうお』もお客さんにとって忘れられない思い出の店にする」と意気込む高橋さん。売上高や店舗の数は追わず、味や品質の充実を追い求める。胸に秘める映画監督の夢は「会社がもっと成功してから」。挑戦は続く。

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高橋拓也(たかはし・たくや)■福岡市出身。父親が創業した「ハーバーハウス」の経営に大学在学中から加わり、2005年副社長。主力業態の「釣船茶屋ざうお」の海外1号店を18年10月、チェルシーにオープン。ハーバーハウスの系列店はざうおを中心に国内外で20店舗

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