2017/11/24発行 ジャピオン943号掲載記事

第6回 買収契約交渉

契約交渉で決めること
互いの立場から解決点

 M&Aの契約交渉というと、押しの強そうな弁護士が机をドンドンたたいて大声を張り上げながら、お互いの主張をぶつけ合って交渉している姿を思い浮かべる人もいるかもしれません。もちろんそのような場合もあるかもしれませんが、実際には、お互いの立場や主張を踏まえ、解決点を見つけながら交渉していくことが通常です。

 また、最終契約交渉の場で、買収価格について直接議論されるケースは実はあまり多くありません。契約書の中には買収価格も記載されますし、最も重要な項目の一つであることは間違いないのですが、価格については、契約交渉の前に合意するケースや、契約交渉中に価格交渉を行う場合でも、ごく少数のキーメンバーが別室で行うことが多いように思います。

 では、契約交渉の際に何を交渉するかといいますと、主に、①契約締結から買収完了(クロージング)までに行うこと、あるいはクロージング後にも守らなければならない合意事項に関する交渉②それぞれの契約主体の表明保証(後ほど説明)、③契約違反の際の補償に関する取り決めなどがあります。

実施する・しないこと
 
 買収の公表を行うのは、通常、最終契約の締結時ですが、契約締結と、実際に買収が完了するクロージングは、多くの場合、別のタイミングになります。

 買収公表後に、従業員や取引先などへの説明を行い、規制当局からの承認が必要になることもあるため、その場合、契約締結とクロージングを同時に行うことはできません。北米の案件の場合、契約締結からクロージングまでの期間は1カ月程度で十分なケースも多いですが、例えば、独占禁止法に抵触するような場合、あるいは、防衛関連などの機密性の高い技術を保有する会社の買収の場合ですと、当局からの認可取得までの期間が長引くケースもあります。

 従って、契約締結からクロージングまでに実施すること、行ってはならないことを契約書の中で決めておくことが重要です。

 例えば、規制当局からの承認が必要な場合は、それをクロージング条件とすることが必要ですし、また、契約を締結してからクロージングまでに、買収される対象会社が売り手に大幅な配当を実施したり、対象会社が大規模な設備投資を勝手に行ったら、買い手としては困ることになるので、そういうときには、事前に買い手側の承認を得ることを条件として定めるなど、細かい点も含めて契約で合意する必要があります。

表明保証とは
 
 一方、買い手にとっては、売り手からデューデリジェンス(DD)の際に開示された情報が正しいことを「保証」してもらう必要があります。例えばDDの際に提示された財務情報などを基に、企業の価値を計算するため、買収金額も、開示情報が正しいことが前提となり、「DDで開示された情報は正しい」ことを保証してもらう必要があります。これは一例ですが、買い手、売り手がお互いの状況や開示情報が正しいことを契約書上表明して、保証することを「表明保証」といい、契約交渉においても、相手から何を表明・保証してもらうかという点は、重要な合意事項の一つとなります。

契約違反の補償

 一方で契約違反をした場合の補償も、契約書交渉の重要な論点です。契約違反が見つかった場合に、「クロージング後、18カ月以内であれば売り手は買い手に対して最大買収金額の20%まで補償する」など、補償の期間と範囲を決めるのが主な交渉事項となります。

 しかしながら、売り手の中には、会社売却後に補償を請求されても支払い余力がない場合もあります。例えば、売り手が投資ファンドの場合、売却して手に入れた資金を投資家に分配しますので、仮にその後に契約違反で訴えられても、その補償金額を支払えません。そのような場合に、補償金額をカバーする保険(表明保証保険)に加入するケースも最近増えております。

 これ以外にも、契約書の中には実際のクロージングの手順、契約の解釈につきどこの国の法律を適用するかなど、さまざまな合意事項が含まれ、また、M&Aに関する契約以外にも、買収後にも残ってほしい従業員等に対しては、例えば、「クロージング後、〇年残留した場合には、特別ボーナスを支払う」といったような契約を結ぶケースもあります。

来るまで待つ

 契約交渉は、ある意味、我慢比べのようなところがあります。アメリカ人と交渉していても、あるときまで強気でいますが、制限時間が決まっていて合意しなければならない案件ですと、最後の最後で、急に折れてくることがあります。こちらとしては、それが来るまで待つことと、「こちらの方が早く『Done』しなければいけない」という状況を極力作らない事が契約交渉上、大切となります。

 また、それまで、友好的に交渉に応じていた相手から、突然、連絡が来なくなったときもありました。買い手の企業の方は、社長から、「絶対に案件を実現するように」と言われていたため、結果としては、交渉で譲歩しなければならないこともありました。

 日本企業の場合、一度決めた方針を変えるのが難しい場合があり、「絶対に買収しなければならない」、「〇月〇日までに合意しなければならない」とあらかじめ決めてしまうと、契約交渉の観点からは、交渉相手に見透かされてしまったり、不利に働くケースもありますので、その点留意が必要です。

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 当コラムは、筆者の個人的見解に基づいた意見であり、セージェントアドバイザーズ社の総意の見解ではありません。

後藤里史

後藤里史

大和証券グループの資本業務提携先であるSagentAdvisorsにて、主に日本企業が北米企業を買収する際のM&Aアドバイザリーを担当。大和証券入社後、財務部、留学、経営企画部を経て2008年よりM&Aアドバイザリー業務に従事。東京都出身、慶応大学商学部卒業、コーネル大学MBA修了。

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