2017/06/23発行 ジャピオン921号掲載記事

第1回 M&Aアドバイザーの仕事

悲喜こもごもの裏舞台
企業買収を段取る仕事

 私は、セージェント・アドバイザーズという投資銀行で「M&Aアドバイザー」という仕事をしています。

 M&A、つまり企業の合併・買収に関係する仕事をするようになってそろそろ10年になります。この10年で、大手経済紙の1面に掲載されるような案件に関わったこともあれば、顧客が買収を検討していた会社が、ある日突然ライバル社に買収され、お叱りを受けるというような苦い経験もしてきました。顧客が想定していた売却価格の2倍以上で売却して喜ばれたり、あるアジアの案件では、買収交渉が進み、メディアに向けてプレスリリース発表する30分前に、相手会社の取締役会で売却が否決され、案件が延期されたこともあります。この業界での10年は決して長いキャリアとは言い難いですが、それでもさまざまな経験をしてきました。
 
M&A案件の種類
 
 では「M&A」はどのようにして発生するのでしょうか。私自身は、日本企業が買い手、アメリカ企業が売り手というケースにおいて、日本企業側の買い手のアドバイザーに就くことが多いため、日本企業の視点から解説しますが、主に顧客からアプローチを依頼されるケースと、こちらから案件を紹介するケースがあります。

 前者のケースでは「この企業を買収したいのでアプローチをしてほしい」と依頼されます。この場合、私たちから当該企業へコンタクトを取ります。すでにコネクションがあればよいですが、そうでない場合、電話やメールで飛び込み営業を行い、相手との接点を作ります。その際、「会社を売りませんか」と持ち掛けても良い返事はもらえません。アプローチの仕方がまず腕の見せ所です。その後、顧客と相手企業側で面談を行い、話し合いを進め、合意に至れば買収に向け調査を開始します。

 一方、こちらから顧客に案件を紹介する場合は、業界での噂、普段のアメリカ企業やファンドとのコミュニケーション、あるいはまだ売りに出ていない企業を紹介することもあります。

 その際、例えば、自動車の自動運転に関するセンサー技術を持つ100億円規模の企業の売り案件があったとしましょう。この場合、まずは、どのような企業に紹介するかを考えることが重要になり、業界に対する幅広い知識が必要となります。つまりは、どの企業が、どのような事業を行っていて、どういう分野に興味を持っているのか知っている必要があります。

 それを知るために、あらゆる情報を駆使し、常に企業を研究をしておく必要があります。さらには、この企業を買収する意義、買収に成功した場合に想定できるシナジーを説明することも重要です。そうした一連の作業を経て、顧客企業が興味を持ったら相手企業側にコンタクトします。

クロージングの段取り
 
 いずれのケースでも話し合いを始めたら、売り手側から初期的な資料(財務諸表や将来の財務予想、事業計画)、対象事業に関する情報などを入手し、その企業の価値を試算して相手側に提示。そこで条件が合えば、弁護士や会計士、税理士などに依頼して、より詳細にその企業の調査を行うことになります(それを、デューディリジェンス=DDと言います)。

 最終価格、経営者に対する処遇などもろもろの条件を詰め、合意に至れば、最終契約を締結し、その時点で対外公表(プレスリリース)となります。対外公表を行う段階では、実際の株式(あるいは資産)譲渡は行われていないケースも多く、対外公表後、対象会社の顧客や従業員への説明、必要に応じて当局への報告や認可を取得し、すべてが整った段階で、株式(あるいは資産)譲渡を行って、案件がクロージングとなります。

アドバイザーの役割

 一連のプロセスの中で、私たちアドバイザー(業界では、フィナンシャルアドバイザー=FA)と呼ばれます)の業務は、いわゆるプロジェクトマネジメント業務に加え、買収価格、買収方法(ストラクチャー)、交渉時のアドバイスなど多岐に渡ります。

 例えば、最終交渉の場で、売り手側から「あと10億円価格を上げたら、契約締結に同意する。30分で回答を出せ」と言われたこともあります。そのときに、どうアドバイスをすれば良いか、置かれている状況、売り手の目線や考え、競合他社の動向等を基に判断することとなります。

 こうしたM&Aという業務に携わっていると、皆さんが新聞などで知る事実に至るまでには、どの案件にも隠されたドラマがあることが分かってきます。

 この「M&A」というキーワードを通して見えてくる、日本企業を含む最近の企業動向、トランプ政権やその他の経済事象がその動向に与える影響、また企業買収の成功例、失敗例から、企業の価値はどのように決まるのかといったテーマで解説していきます。

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 当コラムは、筆者の個人的見解に基づいた意見であり、セージェントアドバイザーズ社の総意の見解ではありません。

後藤里史

後藤里史

大和証券グループの資本業務提携先であるSagentAdvisorsにて、主に日本企業が北米企業を買収する際のM&Aアドバイザリーを担当。大和証券入社後、財務部、留学、経営企画部を経て2008年よりM&Aアドバイザリー業務に従事。東京都出身、慶応大学商学部卒業、コーネル大学MBA修了。

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